1958年05月10日

大空を追われ 少なくなったコウノトリ ツルにそっくり 六月に全国で数を調べみんなで大切に保護【毎日新聞1958年5月10日】

1958(昭和33)年5月10日夕刊こども面
 五月十日はバード・デー、それから一週間は愛鳥週間です。ちょうどいま、鳥と動物の生態をとらえた記録映画「大自然にはばたく」(文部省特選)も上映されています。きょうはコウノトリについて山階鳥類研究所の高島春雄先生のお話をお伝えしましょう。

 ヨーロッパでは、人間のこどもはコウノトリがはこんできてくれるという古くからのいい伝えがあり、アンデルセンの童話にも出てきます。ヨーロッパのコウノトリは日本のより身体がひとまわり小さく、クチバシも赤いシュバシコウという種類です。ふつうは大木の頂上に枯れ枝などを選んできて、直径二メートルもある大きい巣を作りますが、時には電柱や屋根の上に巣を作ることもあります。それほどヨーロッパの人々には親しまれている鳥です。ちょうど日本でツバメが軒先に巣を作るのと似ていますね。

 ところがヨーロッパではコウノトリが年々少なくなっていくので心配されています。そこでベルギーのブリュッセルにある世界鳥類保護連合では、ことし、世界的にコウノトリのいっせい調査をすることを決め、日本では六月ごろに日本鳥類保護連盟が日本のコウノトリについて調べることになっています。

 日本ではコウノトリはツルとまちがえられて昔から「松にツル」などといわれてきましたが、松の木に巣を作るのはコウノトリで、ツルは地面に巣を作ります。身体のかっこうや大きさはツルとそっくりですが、コウノトリは足が赤いこと、なき声は出さないで上下のクチバシをぶっつけあってカタカタと音をさせることなどが違います。江戸時代には江戸(いまの東京)の町のお寺の屋根の上によく巣を作ったといわれ、浅草の観音様には毎年やってきて巣を作っていたそうです。

 むかしはそれほど人間から大事にされ、人間になれていたのですが、明治以後は鉄砲でうたれたり、巣を荒らされたりして、戦前は日本全部でたった三十羽になってしまいました。この三十羽も兵庫県出石の小高い丘の松林にかたまって住んでいたのです。戦争中はこの松林を切って材木を供出しましたので、コウノトリは散り散りになり、出石の近くの豊岡付近であちこちに見かけられるようになりました。このままでは日本のコウノトリはほろびてしまうと心配されて、昭和二十七年には特別天然記念物ときめられ、大切に保護されることになりましたが、一、二年前にはとうとう十六羽になってしまいました。

 ところが去年の春、福井県の武生の近くの田んぼの電柱の上にひとつがいのコウノトリが巣を作りはじめました。近所のお百姓さんが見守っていると、せっかく作った巣が風に吹かれて二度も落ちました。お百姓さんはとうとうその巣を電柱の上へしばりつけてやりました。コウノトリは安心して卵をうみましたが、その卵がまた巣から落ちて、ヒナにはかえりませんでいた。

 同じころ福井県の小浜市のはずれの山の中でもヒナが三羽かえっているという報告がありました。

 このように福井県で二カ所に巣を作ったことがわかったので、ことしはひょっとしたら石川県あたりにもいるかもしれないといわれます。六月のいっせい調査ではっきりした数もわかるでしょう。みんなが害を加えず暖かく守ってやればきっと数が増えるでしょう。
http://mainichi.jp/articles/20160714/org/00m/040/001000d

http://archive.is/ufUGX
大空を追われ “斜陽”のバレリーナ 田園に舞うわずか30羽 コウノトリ【毎日新聞1957年9月1日】

posted by BNJ at 23:00 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする