1958年06月17日

大空を追われ 珍鳥は滅びず 絶滅寸前のコウノトリの巣 今年は11個も発見【毎日新聞1958年6月17日】

1958(昭和33)年6月17日夕刊社会面
 日本の珍鳥コウノトリは特別天然記念物に指定され厳重な保護が加えられているが、最近は減る一方で総数二十羽足らずと推定され、確認された巣もわずか五個(兵庫三個、福井二個)で絶滅一歩前といわれていた。ところがことし兵庫県豊岡市近郊だけで営巣、抱卵中の巣を十一個も確認したとこのほど同県但馬コウノトリ研究会から山階鳥類研究所=東京渋谷・山階芳麿所長=へ報告があった。この結果コウノトリは少なくとも三十羽前後は生息していることがわかり、鳥類関係者を喜ばせている。山階鳥研では近く所員を現地に派遣して保護策を講ずるとともに「世界コウノトリ・センサス」の元締めであるロンドンの国際鳥類保護委員会に報告する。

兵庫で これでやっと30羽越す
 コウノトリはかつて江戸市中の浅草観音堂や本願寺などの寺の屋根にも営巣したと伝えられ“松上のつる”として祝いのシンボルともなってきた。ところが明治時代になってからは減るばかり。大正十年兵庫県出石が唯一の生息地として天然記念物に指定された。戦時中この「出石のつる山」も乱伐され、コウノトリも巣を失って一時同県伊佐地方に巣を移した。戦後特別天然記念物となったが、そのときはもう“滅びゆく野鳥”の運命をたどり、最近は二十羽前後で絶滅も間近いと鳥学者を悲しませていた。

 これまで確認された巣は、兵庫県豊岡市付近で三個、福井県小浜、武生で各一個、合計五個に過ぎなかった。ことしはたまたま初の「世界コウノトリ・センサス」が行われるので、日本もこれに参加することになり、兵庫県教委但馬出張所=坂西啓二郎所長=と、但馬コウノトリ研究会=岩浅修理会長=はその一環として今春から学童五万五千人を動員して観察調査を実施した。

 その結果豊岡市の福田、下鶴井、山本、鎌田、百合地、駄坂、土淵をはじめ出石町田多地、奥小野(二カ所)、養父郡八鹿町浅間の十地区で合計十一個の巣を発見した。巣ではいずれも抱卵したり、生まれたばかりのヒナを育てていた。この巣だけでも十一つがい、ヒナを入れると二十七、八羽となり福井県下の二つがいを合わせ三十数羽いることがハッキリした。

 福田地区でいま育てられているヒナ二羽は四月はじめに産卵、五月十一日ごろふ化し順調に育ち毎日親鳥が交代で七、八回エサを運んでいるという。

 コウノトリが日本に何羽すんでいるかはいままで鳥学者にもわからなかった。これは巣がなかなか見つからないうえに、行動範囲が大きく、とくに巣立ちしたヒナの行方がつかめなかったからで毎年夏同県出石郡の田山川の砂地に勢ぞろいする数から推定していた。

 それによると、去る昭和二十四年は百十羽もいたのに三十年は三十一羽、三十一年は十三羽、三十二年にはそれよりややふえたが二十羽を出なかったという。

 兵庫県では阪本知事らも力を入れて保護を呼びかけ、最近「コウノトリ保存会」も結成された。この分だと世界的な珍鳥コウノトリもまた次第に数を増し絶滅を免れるかもしれないと鳥類関係者もホッとしている。

 コウノトリ保存会の話 十一個の巣はいま我々と地元の人たちが協力し保護に当たっている。これがキッカケでコウノトリが今後ドシドシ繁殖するよう努力する。しかしその生態やエサのやりかたなどがわからないので山階鳥研から専門家を派遣してもらうようお願いした。(豊岡)

 日本野鳥の会会長中西悟堂氏の話 兵庫県下でこんなに沢山のコウノトリの巣がみつかったのはビッグ・ニュースだ。今回の知らせで三十羽以上生息していることがわかった。かけがえのない大切な鳥だから十分保護されるよう希望している。ことしは「世界コウノトリ・センサスの年」に当たるので新しい巣を発見した意義も大きい。
http://mainichi.jp/articles/20160714/org/00m/040/002000d

http://archive.is/gPNlz
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posted by BNJ at 23:00 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする