2005年11月03日

コウノトリ空へ 2005初放鳥 元飼育長・松島興治郎さんに聞く/19〜21 /兵庫【毎日新聞2005年11月3日】

直感で「今年はいける」
 −−難航する人工繁殖に光が差したのは、旧ソ連から6羽のひながやってきた85年。そのうち2羽が無事つがいになり、待ち望んだ初めてのひながかえったのは89年5月15日早朝でした。この年、絶対生まれるという確信があったんですか?

 ええ、毎年(笑)。この年はたしかなものを感じてた。根拠のある直感でした。

 −−「根拠ある直感」とは具体的にはどんなものだったんですか?

 鳥そのものの行動が、初めてといいながらも非常にスムーズに進んでいく。物事っていうのはやっぱり、ギクシャクしてる時ってのはよくないんですよ。物事がスムーズに進んでるってのはいい兆候なんだ、というのが私の一方的な、動物的な独断と偏見で。勘というよりも、そんなかっこいいもんじゃない。

 そういう中で、巣作り、交尾から産卵、抱卵って具合に、より滑らかにスムーズに動作が進んでる。たしかに感じてました。「今年はいける、ある程度まではいける」と。だから、あくまでも親鳥に任せましょう、と私は強く主張しました。大方の人たちも理解を示してました。

 −−親鳥の行動をどうやって見守ったのですか?

 どうすれば一番うまく状況を夜でも昼でもできるか。指向性が強くて、少し湿気に耐えられるマイクを探してもらって、それをポリ袋で包んで巣の真下に置きました。初めてですから、鳥に負担をかけないように、鳥に悟られないように。

 ひなの鳴き声ってのは、卵の時は卵そのものから出るウルウルウルっていう振動音と、ピピって鳴き声くらいですから、そんなに遠くからは拾えませんから、できるだけ近くで拾いたいですからね。よくまあ、長いこと持ったと思いますけど。

生まれた、一言「マル」
 −−初めてのひなが生まれた後、妻久美子さんから「コウノトリ飼育場」(現コウノトリ保護増殖センター)に電話がかかってきたそうですね。

 私、しないから(笑)。「生まれるよ」というのは言ってたの。もう、ここ一両日中に生まれる、その日の朝くらいに生まれなかったらひょっとしたらまたダメかもしれない、何かそういう会話があったんですよ。明日かな、はしうちがあったから今夜のうちかな、それでダメならとひょっとしたらまた悲しい思いをするかなって。

 で、こっちも忙しいですよ。早く写真を撮ったりなんかして、報道の発表準備、あれも素早くやらないといけない。だから、そんなんでてんやわんやしてるし、私はもう現場を離れられないし、すぐそこに電話はあったけど、家に電話するなんて気持ちはあんまりないですよ。たまたま向こうから電話かけたんで、ようけ言ってられないから、それで一言「マル」と。それですべて(笑)。

 −−「マル」って言われたら無事に生まれたのが分かりますもんね。

 あったでしょ、コマーシャル。ほかの人もいるしね(笑)。ぐずぐず言ってる間もないじゃないですか。「うん、そうだよ」って言ったら、向こうも察して、「よかったね」とかなんとか言ったんでしょう(笑)。

 −−久美子さんも松島さんと同じくらい、ひなの誕生を喜んでくれたということですね。

 それしかない家庭ですからね。やっぱり、もうそれがなければまた来年ですから。ずっとそれを繰り返してますから。電話がなかったらもう、してないか、忘れてるか(笑)。もうそれで一生懸命でしたからね。生まれた喜びというより、生まれた先にどうなるかっていうほうが、かなり気になってましたからね。

好きだけじゃやれない
 −−ひなの誕生は、人工繁殖への取り組みが65年に始まって以来、24年かかっての快挙でした。この間を支えてきたのは、やはり「コウノトリが好き」という気持ちでしたか?

 好きは好きですよ。あのう、よく言われるんです。「お前、好きだからやってるんだろ」って。当たり前だ。嫌いだったらやらないよ、やれない。そりゃやらなきゃいけないこともあるけど、嫌いではやり切れない。

 だけど、好きだけではやれない。本当にコウノトリが好きだったら、私は一歩離れて外からやる。趣味でやったほうがいい。今なんかだったらいっぱいいるでしょ? 本当に好きな人たちって、職業にしない。好きなんだけど、仕事でやってる以上、好きだけじゃやれないよというものがあったんですよ。

 だから本当に、私は何だったら時々にボランティアでかかわっていく、最初の捕獲以来の、そういった時々に全力投球で一緒にグループの中で、やれることをやらしてもらうというのが一番向いてたかもしれない。仕事として選んでしまったという以上は、それだけではすまないんだね。

 −−「義務を負った」ということですか?

 それはもう、負います。命を預かってますから。その中で毎日毎日繰り返してる中で、実際今そこに生きて頑張ってるやつがいるじゃないか。目の前で、自分と一緒にやってるコウノトリが。それが、今年は卵産んでダメだったけど「お前、ダメだぞ」とは、言えないじゃないですか。卵まで産んで頑張っておるのに。

 来年がある。来年があるために、明日がなけりゃダメなんだ。その次がなければいけない。そして、そのずーっと積み重ねが、次のシーズンの、また繁殖の時期。この時にまた、がっかりもしたし、残念にも思ったけど、「何くそ、今年産んだんだから来年もいけるぞ」と思わなくっちゃあね、もう今年これでダメだったから、「もうまず、お前ダメだな」って、その時に判断したら、自分がかかわっちゃいけないと思うんですよ。=つづく
http://mainichi.jp/articles/20051103/org/00m/040/999000c

http://archive.is/NmUwt
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