2015年01月01日

昔は鶴をおせち料理にしていたことも!? 意外に謎が多いおせち料理の由来【ガジェット通信2015年1月1日】

みなさま、あけましておめでとうございます。
ネットを見ながら、テレビをみながらまったりとお過ごしの方も多いかと。

今時は変わってきたようですが、ご実家がある方は帰省されて、ふだん会わない家族と「おせち料理」をつついたりされたりしてる方も多いのではないでしょうか。
ところで、不思議に思いませんか? なぜお正月におせち料理を食べるんでしょう?

農家の女性の休暇のためと神道の祭礼からおせちが生まれたのでは?
なぜ、お正月におせち料理を食べるかということについては、確証のある学説もないようですが、保存食と神道の祭礼から来ているというのが真実味がありそうです。

100年ほど前まで、大多数の日本人は、農耕民族でした。農家が休める時といえば、せいぜい年末年始の一時だけ。農家は家事に加えて朝から農業を手伝わなければなりません。せめて、お正月くらいは女性が休めるように、年末から料理を創って家事から解放しようという習慣があったようです。
福岡発で今や全国区になった「筑前煮」という料理がありますが、地元では「がめ煮」と呼ばれ、年末に大量に作ってお正月の間食べるのが通例でした。

実際、おせち料理は、昭和30年代くらいまで家庭で作ることが一般的でしたが、全国的に味付けを濃くして、腐敗を防ぐ「保存食」としての位置づけでした。
そのことから考えると、家事から女性を解放するための習慣だったというのは信憑性があります。

もう一つ考えられるのは、神道の祭礼から一般に普及したという意見です。もともと、宮中では元旦から小正月(1月15日)までは厳格な食事のしきたりがありました。
その多くは、神道の祭礼にならっています。清酒、濁り酒、半分澱が沈殿した酒、きよきさけ(真水)、塩、栗、野菜、解体していない魚、獅子肉などの獣肉、鶏肉(身分の高い家では鶴が使われていたが、雉などの野鳥が主だったようです)……。
これらを神前にささげた後、集ったみなで食べる習慣がありました。(全文はリンク先で)
http://getnews.jp/archives/750747

ttps://archive.today/EoIUf

posted by BNJ at 23:44 | Comment(0) | 鳥獣狩猟ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鳥インフルの防疫措置を完了…山口県【YOMIURI ONLINE2015年1月1日】

 山口県は1日、死んだ鶏から高病原性鳥インフルエンザウイルス「H5N8型」が確認された同県長門市日置中へきなかの養鶏場で、家畜伝染病予防法に基づき殺処分した鶏約3万7000羽をドラム缶などに密封し、鶏舎の消毒などの防疫措置を完了した。

 新たな発生がなければ、県は23日までに順次、鶏と卵の移動制限区域などを解除する。

 県や同市の職員が12月30日深夜に殺処分を終えた後、密封や消毒作業に当たっていた。鶏を入れたドラム缶などは4日以降、同県山陽小野田市の焼却施設で処分する。

 ウイルスの確認を受け、県が長門市内で設定した移動制限区域(発生養鶏場から半径3キロ圏内)と搬出制限区域(同3〜10キロ圏内)では、異常は確認されていない。今後も異常がなければ、12日に移動制限区域でウイルス検査などを実施。陰性の場合、搬出制限を解除し、その後も異常がなければ23日午前0時に移動制限を解除する。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150101-OYT1T50070.html

ttps://archive.today/qWRD8
posted by BNJ at 23:05 | Comment(0) | 養鶏畜産ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雪の中の初詣、参拝者はペンギン 越前松島水族館の新春行事【福井新聞ONLINE2015年1月1日】

 福井県坂井市三国町の越前松島水族館で1日、新春恒例のオウサマペンギンとフンボルトペンギンの初詣が始まった。5日まで、ペンギンたちがかわいらしい姿で行進して神社に詣でる。

 1日午前のオウサマペンギンの回では、大勢の家族連れが見守る中、6羽が芝生広場内に設けられた「人鳥(ぺんぎん)神社」に向かって列になって歩いたり、鳥居をくぐったりして愛嬌(あいきょう)を振りまいた。

 数羽は神社の階段をピョンピョンと登って“参拝”。雪の中ではしゃぐ姿も見られ、来館者は「かわいい」と歓声を上げながらカメラに収めていた。

 ペンギンの初詣は各日、午前11時20分と午後3時10分からオウサマペンギン、午後1時20分からはフンボルトペンギンが行う。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/pickup_photo/61050.html

ttps://archive.today/jc1Hi

吉兆飛んで来た 深谷に絶滅危惧種のナベヅル【埼玉新聞2015年1月1日】

 深谷市内の川に絶滅危惧種のナベヅル(鍋鶴)が飛来し、話題を呼んでいる。

 日本野鳥の会によると、ナベヅルは中国東北部やロシア東南部などで繁殖し、朝鮮半島や西南日本、中国揚子江流域などで越冬する。世界の生息数は1万羽程度と推定され、鹿児島県出水市で約9割が越冬するといわれる。埼玉で確認されるのは極めて珍しい。

 川の土手には、連日大勢のアマチュアカメラマンが集まっている。市内から訪れた男性(76)は「まさか深谷でナベヅルが撮れるとは思わなかった。本当に驚いたが、来年はいい年になりそう」と笑顔で話した。
http://www.saitama-np.co.jp/news/2015/01/01/03.html

ttps://archive.today/4ayFB
タグ:ナベヅル
posted by BNJ at 23:00 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初春の後楽園にタンチョウ舞う 青空の下で放鳥、入園者を魅了【山陽新聞デジタル2015年1月1日】

 岡山市の後楽園で1日、新年を祝う「初春祭」が始まり、恒例のタンチョウの放鳥が行われた。澄み渡る青空の下、白い羽を大きく広げて優雅に舞い、入園者を魅了した。

 いずれも雌のクロ(10)、キイ(10)、コウ(12)、アキ(19)で、飼育員の「コォ、コォ」という鳴き声を合図に、鶴鳴館前の芝生から順次飛び立った。4羽が横一線に並んで沢の池上空を旋回する場面もあり、アマチュアカメラマンらが盛んにシャッターを切っていた。

 夫婦で訪れた岡山市中区の男性(70)は「白く優美な姿を見ることができ、この1年間、良い運をもたらしてくれそう」と話した。

 初春祭は3日まで。同日は午前11時〜午後2時にタンチョウの放鳥が行われるほか、茶会やおはやしの披露もある。
http://www.sanyonews.jp/article/115520

ttps://archive.today/X6cjL

鳥インフル対策 県が消石灰を緊急配布【愛媛新聞ONLINE2015年1月1日】

 宮崎県と山口県での強毒性のH5型高病原性鳥インフルエンザウイルス確認を受け、愛媛県は31日、感染を防ぐために県内で100羽以上を飼育する養鶏農家161戸に消毒用消石灰計約70トンを緊急配布した。
 配布は30日の県緊急防疫会議で決定。県家畜保健衛生所や農協などを通じて農家に配り、鶏舎周辺や農場出入り口などへの散布を求めている。
 伊予市下三谷にある南伊予養鶏の事務所では午前10時すぎ、運送業者が消石灰2・6トンを搬入。荷物を載せるパレット3台に分けた消石灰をフォークリフトで手際よくトラックから降ろしていた。
http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20150101/news20150101630.html

ttps://archive.today/xrYmO
posted by BNJ at 20:04 | Comment(0) | 養鶏畜産ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

里の思いつなぐ 臼杵の女性ハンター衛藤千晴さん【大分合同新聞2015年1月1日】

 里の恵みを街や食卓へ―。地域の産物を自らの手で集めて消費者とつなぐ仕事を、気負いなくやってのける女性がいる。臼杵市野津町の衛藤千晴さん(29)。地元の高齢者らが手塩にかけた野菜を都市部へと橋渡しする一方、昨年、第1種銃猟免許を取得。野山に交じって野生の生き物を追い、命を頂く。

 朝もやの中、日の出と共に車を走らせる。オレンジ色のベストと帽子を身に着け、手には手製の布袋に包まれた銃。ぴんと張り詰めた空気をまとい、カモなどの鳥を探す。
 目を凝らし、時折「ワッ」と声を上げ、獲物の羽ばたきを待つ。「きょうはいませんね」。残念そうに頭をかいた。
 市猟友会野津支部会長を務める父清春さん(56)の背を見てきた。生活の中で山、川、海に親しみ、自然と共に育った。銃を手にしたのは「野生の生き物を自分で捕ってさばいて食べる。それができるかどうか試したかった」からだ。
 “デビュー”は11月。狩猟解禁日に清春さんと出掛け、カモ1羽を仕留めた。「捕れた!」とは思ったが、特別な感慨はなかった。「死んだら肉になる」という、命を食べ物に変えるシビアな過程を知っている。
 実家は4年前にガソリンスタンドから事業転換し、獣肉を加工販売する「山川屋」を始めた。イノシシ・シカ肉の他、母恵子さん(57)が料理し普段から食卓に上っていた「猪飯(ししめし)の素」を開発。その後、切れ端をミンチにした「猪みそ」も売り出した。1匹を無駄なく大事にしたいと、骨まで販売している。
 千晴さんは2年前、地域の新鮮な農産物を扱う生産者直売所を開いた。広い畑に残された野菜や、傷があり行き場のない野菜を見てきたから。
 直売所の存在は人づてに広まり、今では80人ほどの生産者が登録する。「今日はこんなのがあるよ」と思い思いの時間に軽トラックで乗り付け、その時々の実りを手渡す。ふらりと様子を見に寄り、雑談を交わしていく人もいる。
 家庭菜園などで育てられた野菜は大分市内の飲食店にも卸している。千晴さんはニーズを伝えたり、新しい野菜栽培のアドバイスもする。
 「農協に出すには気が引ける野菜でも、飲食店に直接持ち込めば見栄えは関係ない。ミニ野菜の需要もある。店は安く手に入る上、地産地消をアピールできるし、生産者は自分の野菜が使われていると楽しくなる。次の種や苗代、肥料代がまかなえる程度でいい。うまく循環していけたら」
 人口減少、限界集落、里山の荒廃、後継者不足…。先行きが不安視されるキーワードばかりが強調されがちな合併自治体の周辺部。だが千晴さんは「田舎が好き。街に住もうとは全然思わない」ときっぱり。肩肘張った決意は感じさせない。だが、受け継いだものや地域の思いを、確かにつないできている。(全文はリンク先で)
http://www.oita-press.co.jp/1010000000/2015/01/01/211615734

ttps://archive.today/Rg9se
タグ:ジビエ
posted by BNJ at 09:03 | Comment(0) | 鳥獣狩猟ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする