2015年05月04日

米、鳥インフル大流行直面 感染被害50件超、30年ぶり猛威【SanakeiBiz2015年5月4日】

米イリノイ州の農場でニワトリの世話をする男性。同国では、鳥インフルエンザの感染が拡大している(ブルームバーグ)【拡大】
 米国で鳥インフルエンザが拡大している。国内で感染被害の事例は既に50件を超えている。国際獣疫事務局(OIE)は、米養鶏業界が約30年ぶりの鳥インフル大流行に直面している可能性を指摘している。

 ◆アジアでも発現

 OIEのブライアン・エバンス副事務局長は「1983年にデラウェア州、ペンシルベニア州などで大流行した当時に匹敵する水準のウイルス発現に対処しているところだ」と語った。エバンス副事務局長によれば、OIEは今年1月1日以降、世界26カ国で複数種のウイルス株の報告を受けており、2008年の流行以降で最も観測された年になるという。米国とカナダでは、流行が3回ずつ報告されている。

 米農務省(USDA)によると、1983〜84年に米国の北東部で高病原性のH5N2型ウイルス感染が拡大した際には、鳥インフル制圧・根絶のために、1700万羽のニワトリや七面鳥、ホロホロチョウが殺処分された。

 エバンス副事務局長は、カナダと台湾・中国を中心とするアジアの一部でもH5N2型発現の報告があり、2012年に台湾で鳥インフルが大流行したときのウイルスの遺伝子配列に「非常に類似している。流行しているウイルス株は比較的安定しており、野鳥やその他の鳥の群れとともに3、4年間、世界中を回っている」と指摘。適切に調理された鶏肉や鶏卵を食べても、人体に危険を及ぼす恐れはないという。

 今回の感染源については、米国とカナダで確認された初期の感染事例は、ミシシッピ川を飛行経路とする渡り鳥、恐らくは水鳥に関係していると指摘。野鳥および近隣農場で感染した家禽(かきん)のダブルパンチでその後、ウイルスが拡散したと分析する。

 ◆忘れた頃に再来

 一方、鳥インフルへの対策として同副事務局長は、感染が確認された鳥の殺処分と発生農場における家禽などの移動制限、予防接種などを挙げつつも、対応の仕方はその国によるとしている。また、発生農場を中心にコントロール区域およびサーベイランス区域を設ける「ゾーニング」や移動制限は過去に効果が実証されているが、予防接種は流行しているウイルス株に狙いを定める必要があり、他の変異株に対して必ずしも予防効果があるわけではないという。

 世界保健機関(WHO)は、北米で流行している鳥インフルが人間に感染する可能性は排除できないが、「めったにない」と説明している。

 米疾病対策センター(CDC)のアリシア・フライ氏は「(CDCは)現時点で一般人が鳥インフルの流行によるリスクを被る可能性は低いと考えている。ただそうは言っても、類似した鳥インフルのウイルスが人に感染した事例はあり、今回の国内での流行後に、人に感染する恐れはある」と述べた。

 12年に台湾で鳥インフルが流行した際、台湾の研究者は、陽性反応を示した家禽と密接な接触のあった141人中7人にH5N2ウイルスへの抗体価上昇を認めている。さらにそのうちの2人は不顕性感染の疑いがあった。

 フライ氏も、世界的にも「ヒト感染の事例の大半が、ウイルス感染した鳥などと直接、または密接に長い間接触をもっていた。慎重ながら楽観的に人には感染しないとみているものの、万が一の場合に備えておく必要はある。ウイルスに関する研究をさらに進め、必要時のためにワクチン候補株を作るなど、ルーティンとして繰り返し措置を講じている」と説明した。

 蘭ワーヘニンゲン大学研究センター農業経済研究所(LEI−WUR)の研究者によれば、同国で昨年11月に確認された鳥インフルの流行を殺処分や移動禁止などの措置によって今年1月までに制圧できたが、直接的にかかった費用は4900万〜5600万ユーロ(約66億1700万〜75億6200万円)に上る。

 OIEのエバンス副事務局長は「米国での鳥インフル流行は制圧可能だ。しかし(鳥インフルへの対応には)国内の養鶏産業と政府間の大きな協力が求められている」と主張する。「鳥インフルの流行は人々の関心が薄れた頃に繰り返されている。バイオセキュリティー(防疫対策)には費用がかかる。だが自分の身近なものとして対処するようになれば、もっと多くの注意を払うようになる」と訴えた。(ブルームバーグ Rudy Ruitenberg)
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/150504/cpd1505040500005-n1.htm
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/150504/cpd1505040500005-n2.htm
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/150504/cpd1505040500005-n3.htm

ttps://archive.is/Wn4Fc
ttps://archive.is/shm8I
ttps://archive.is/umG96

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舞台でタンチョウと共演、パリでリハーサル【AFPBB News2015年5月4日】

仏パリ国立シャイヨー劇場で行われた「Light Bird」のリハーサルでタンチョウとのダンスを披露するリュック・ペットン氏(2015年5月2日撮影)。(c)AFP/ALAIN JULIEN

舞台でタンチョウと共演、パリでリハーサル

【5月4日 AFP】フランス人ダンサーのリュック・ペットン(Luc Petton)氏が振り付けを担当する「Light Bird(ライト・バード)」のリハーサルが2日、パリ(Paris)の国立シャイヨー劇場(Theatre de Chaillot)で行われた。同氏は、以前から本物の鳥を使った舞台に挑戦しているが、今回のステージではタンチョウとの共演を披露する。(c)AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3047368

ttps://archive.is/H2Lu8
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さえずりに囲まれて 塩嶺小鳥バス今季運行スタート【長野日報2015年5月4日】

 岡谷市郊外の塩嶺小鳥の森で早朝の探鳥を楽しむ「塩嶺小鳥バス」(同市主催)が3日から、今季の運行を開始した。初日は県内外から愛好者や家族連れなど約90人が参加。木々の合間から響くさえずりに耳を傾け、芽吹きを迎えた草花にも目を凝らして森の自然と親しんだ。

 バスは諏訪市、下諏訪町、岡谷市内の停留所11カ所で参加者を乗せて、午前6時に塩嶺閣へ到着。小鳥の森コーディネーターの林正敏さん(71)=岡谷市川岸東=の案内で森を巡った。

 森では夏鳥の代表格で、さえずりの“節回し”が美しいオオルリ、キビタキ、クロツグミが鳴き始めている。1年を通して森に住むアカゲラ、アオゲラ、コゲラといったキツツキの仲間や、シジュウカラの仲間のコガラ、ヒガラなどもさえずり出した。

  林さんは耳に飛び込んでくるエナガ、コガラ、キビタキ、サンショウクイなどの声を紹介し、縄張りの主張や外敵への警戒、子育てといった場面ごとの鳴き方の違いも解説した。

 友人の誘いで大阪府堺市から参加したという井窪けい子さんは「鳥の声や草花を間近に感じ、森の心地良さを再確認した。将来にわたって大切にしてほしい素晴らしい環境ですね」。家族で来場した下諏訪町湯田仲町の女性(73)も「きれいな空気と小鳥のさえずりに囲まれて、体の隅々まで清められるよう」と笑顔で話していた。

 バスは6月28日までの毎週日曜に運行する。問い合わせは岡谷市商業観光課(電話0266・23・4811)へ。
http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=34109

ttps://archive.is/XifSg
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おんなのしんぶん・加藤登紀子:Tokiko’s Kiss 対談 加藤登紀子×C.W.ニコル 今こそ自然と向き合おう【毎日新聞2015年5月4日】

毎日新聞 2015年05月04日 東京朝刊


 今月の「Tokiko’s Kiss」のゲストは、作家のC.W.ニコルさんです。母国のイギリスを離れ、アフリカや日本などで自然保護活動に従事し、35年前からは長野県で森を守る活動を続けています。30年来の友人である加藤さんが、ニコルさんが守り続けている「アファンの森」を訪れ、日本における自然と人間の共存などについて考えました。【構成・吉永磨美、写真・関口純】

加藤 ニコルさんとの出会いは、1982年に行われた作家のムツゴロウ(畑正憲)さんのイベントでしたね。お話をする前に、ニコルさんの歌声を聞いたの。すてきだったわ。

ニコル 僕は、ずっと前から登紀子さんのファン。特に「帰りたい帰れない」が好きで、いつも聞いていました。

加藤 初来日は何歳の時?

ニコル 初めて来たのは22歳。空手を学ぶために2年半、滞在しました。柔道は14歳からやっていて次に空手を。英国人としては早い時期に、空手の黒帯を取ったんですよ。

加藤 えっ、すごい。どうして、日本の格闘技を?

ニコル 学校でいじめられたからです。海軍の軍人だった父にあこがれていて、12歳で海軍予備学校に入学しました。そこで柔術を教わったんです。僕をいじめた連中とけんかしていたら、おやじの友達に「まじめに柔道を習ったほうが安全だ」と言われ、始めたんです。

 ◇日本文化の芯

加藤 ニコルさんは長年、森を守る活動をされていますね。自然との向き合い方で、ヨーロッパと日本で違いはありますか?

ニコル 僕は英ウェールズ出身のケルト人です。ケルトと日本は、文化的に近いと感じています。森の文化や海の文化があり、神様がたくさんいるところなんかも似てますね。53年前に日本に来た時、おばあちゃんが子供にかける言葉に懐かしさを感じました。「あの花は生きているから踏まないで」とか、「花の気持ちになりなさい」とか。

 そして、「もったいない」や「いただきます」という言葉がすごく好きになりました。これらの言葉には、食品の素材に対してやそれを取った人などに感謝する心があるからね。そして自然を尊び、大切にする心があります。海外から批判を浴びることがある捕鯨も、日本では昔からクジラへの畏敬(いけい)の念を持って行っていますね。そういうことが、「日本文化の芯」ではないかと思うんです。最近は、そういった考えが薄らいできているような気がします。残念ですね。

 ◇森を守り続ける

加藤 きょうの対談場所である長野県の黒姫に移り住んで何年たちましたか?

ニコル 35年です。日本では、70年代から自然破壊が進み、川や空気の汚染がひどくなってきましたね。「間違った道へ進んでいる」と思っていました。さらに地元の山を歩いたら、恐ろしくなりました。日本の国土の約7割が森林ですが、原生林はごくわずか。そのわずかな原生林を切るために、林道を造ったりしていたことも知りました。

加藤 杉の植林も一気に広まりましたしね。

ニコル 杉を植えて、周りの雑木林や里山は手入れをしないので荒れる。森の手入れがほとんどされていなかったんです。それで私は30年ほど前から近くの森を購入して整備し始め、「アファンの森」としたのです。

 知床半島(北海道)から屋久島(鹿児島県)まで、日本列島でさまざまな自然破壊を見てきました。「僕は何をすべきか?」と考えた。行き着いたのは、「森を助ける」ということです。日本には木だけで1300種類あるといわれています。森や川には、多様な生物がすんでいます。放置された森を本来の姿に回復させたいんです。

加藤 私たちの世代は、自然がいっぱいある中で育っていて、ともすると「自然を守らなければならない」という認識に欠けていたような気がします。身近なところでは最近、鳥や虫なんかも以前より見かけなくなりましたよね。

ニコル そうそう。「アファンの森」やこの地域の森でもこの5、6年で小鳥が3〜6割も減ったというデータもあります。今こそ、自然としっかり向き合わないと。森が健康的になると、日本人の心も体も健康になります。

 私は日本人になって、今年で「二十歳」になりました。森を守るプロジェクトは死ぬまで続けるつもりです。

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 ■人物略歴

 ◇C.W.ニコル

作家、環境保護活動家、探検家。英国ウェールズ出身。17歳で北極探検を初めて経験。カナダの北極生物研究所の技官として、捕鯨船にも乗船する。67年から2年間、エチオピアの野生動物保護省で働き、シミエン山岳国立公園を創設した。80年、長野県信濃町に移住。86年から荒れた里山を「アファンの森」と名付け、財団を運営しながら、再生活動を続けている。74歳。
http://mainichi.jp/shimen/news/20150504ddm014070007000c.html

ttps://archive.is/uual7
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オオトラツグミ:奄美の宝、子育て真っ最中 鹿児島【毎日新聞2015年5月4日】

毎日新聞 2015年05月04日 西部朝刊

 鳥たちは子育てシーズンの真っ最中。世界自然遺産登録を目指す鹿児島県の奄美大島でも、絶滅が危惧される野鳥のオオトラツグミが子育てに忙しい。

 オオトラツグミは、奄美大島だけにしか生息せず、その数は800〜2000羽と推定される。4月下旬、辺りをキョロキョロ見渡しながら、林道に出て来た親鳥はミミズや幼虫を口いっぱいに含むと、我が子の待つ森に帰って行った。

 政府は奄美大島を含む鹿児島、沖縄の4島を「奄美・琉球」として、2年後の世界自然遺産登録を目指す。【河内敏康】



 きょうは「みどりの日」。日本各地の美しい自然が守られるようにとの思いを込めて題字を緑にしました。
http://mainichi.jp/area/news/20150504ddp001040002000c.html

ttps://archive.is/xaWwd
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<さよなら松島水族館>「全てファンのおかげ」/(4完)88年間の記憶とともに【河北新報オンラインニュース2015年5月4日】(マゼランペンギン)

閉館を惜しむ人たちでにぎわうマリンピア松島水族館。ペンギンの餌やり体験には人垣ができた

 大型連休中の祝日の4月29日、にぎわうマリンピア松島水族館(松島町)で、子どもたちの歓声がひときわ響いた展示があった。約70羽を飼育するペンギンランドだ。
 オープンしたのは1989年。6種類計90羽の展示は当時、日本最大のコレクションだった。
 「日本人はペンギンが大好き。人気展示になることは確実だ」。水族館を運営する仙台急行社長の西條直彦さん(68)の思い付きから始まったプロジェクトは、国内の水族館で初めてとなる捕獲で始まった。
 86〜87年のイロワケイルカ捕獲作戦で、南米チリと人脈ができた。89年、マゼラン海峡に浮かぶ島に上陸し、マゼランペンギンなど3種計70羽を捕まえた。

 できるだけ健康な状態で日本に輸送するため、現地で1次飼育をした。担当したのは、展示部長の神宮潤一さん(61)。特別な施設はないので、街中にある協力者宅の庭を飼育場所にした。隣人から奇異の目で見られ「臭い、うるさいと苦情があって大変でした」。
 現在飼育しているのは、そのとき捕獲したペンギンの子、孫の世代だ。ペンギンランドは四半世紀、人気を保った。
 仙台市宮城野区の仙台港背後地で「仙台うみの杜水族館」の建設が進んでいる。開業日は7月1日。松島水族館は業務委託契約を結び、飼育担当スタッフと動物を新水族館に移す。
 神宮さんは業務委託チームのまとめ役を務める。「イロワケイルカの繁殖、マンボウの長期飼育、そしてペンギンの展示。松島で力を入れたもの、そこでの経験を生かしたい」と語る。

 松島水族館公認のファンクラブ「マリンピアクラブ」代表の植松純子さん(仙台市青葉区)は「閉館するなんて、実感がない」と言う。2001年の発足から関わり、官民協働の新しい松島水族館の建設を求めて署名活動にも加わった。
 水族館では繁忙期に社長、専務、館長、展示部長ら幹部がエプロン姿でそばをゆでたり、海産物を焼いていたりする。「その手作り感、ほのぼの感が水族館の魅力でした」
 クラブは記念誌「メモリアルBOOK」を8日に発刊する。水族館の歴史、捕獲奮戦記、職員の思い出などを盛り込む。100ページに及ぶ永久保存版だ。
 閉館を惜しむ人々でにぎわう水族館の広場に立つ西條社長には、複雑な思いがないわけではない。老朽化した建物をリニューアルできなかった。仙台移転は資金不足で断念した。
 ポテトを揚げていると、よく声を掛けられる。先日は老夫婦に呼び止められた。「閉館を知って、岩手から駆け付けたんですよ」
 「88年続いたのは、リピーターやファンの方々のおかげだった」。思いがこみ上げた。
 マリンピア松島水族館は10日、営業を終える。(塩釜支局・山野公寛)
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201505/20150504_15012.html

<さよなら松島水族館>海のパンダ南米に追う/(1)捕獲大作戦
<さようなら松島水族館>マンボウ世界最長寿に/(2)スター誕生
<さよなら松島水族館>被災克服 職員が原動力/(3)復旧の43日

(1)〜(3)は鳥類とは関係がありませんが、記事へのリンクを併記します。
ttps://archive.is/auTm4
ttps://archive.is/c1qgr
ttps://archive.is/ieJjU
ttps://archive.is/HR3Jg

リバーウォーク「動物園」に変身!? ラクダなど40種大集合 [福岡県]【西日本新聞2015年5月4日】

インコを見て笑顔の幼児

 さまざまな動物と触れ合える「リバ!サファリワールド」が、小倉北区室町1丁目のリバーウォーク北九州で開かれている。11日まで。
 ラクダやペンギン、インコなど40種類の動物が大集合。連日、家族連れなどでにぎわっており、子どもたちはキュウリなどのエサをリクガメなどにやったり、ラクダの背中をそっとなでたりして、大喜びしている。
 体長約2メートルのラクダに、初めて触った小倉北区の清水小3年生児童(8)は「ふかふかしていて気持ちよかった。かわいい」と満面の笑みだった。大人(16歳以上)700円。3〜15歳500円。2歳以下無料。
=2015/05/04付 西日本新聞朝刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_kitakyushu_keichiku/article/166824

ttps://archive.is/yW4X6

野鳥保護ダンスに大喝采 第一日ボ校運動会【沖縄タイムスプラス2015年5月4日】

野鳥の保護を訴えるダンスは会場から大喝采を浴びた=オキナワ第一日ボ校グラウンド
 【山城博明通信員】オキナワ第1移住地に所在するオキナワ第一日ボ校(ヘルマン・ブラボ西部校長、井上久美日語部校長、全校生徒56人)の「第27回運動会」が4月26日、「心を一つに、チームワークは勝利の見方」をテーマに同校のグラウンドで行われた。

 開会式でヘルマン・ブラボ西部校長は「毎日新しいことがあります。運動会も毎年変わった内容で行っている。生徒の皆さんはこの運動会で新しいことを見つけてほしい」と激励。熱田ルイジ生徒会代表は「毎日練習してきた成果を発表しますので最後まで応援お願いします」と会場の人々に声援を求めた。

 中村侑史オキナワ日本ボリビア協会会長は「運動会を通して体力維持、また友達と助け合い、絆を強めてほしい」とあいさつした。

 ボリビアは季節は秋だが雲一つ無い青空に無風状態。その上、30度を超す暑い天候にもめげず生徒たちは赤、白に分かれて競争、ダンス、マーチング、障害物競走等の準備された多彩なプログラムを元気にグラウンドいっぱい繰り広げた。

 絶滅の危機にある野鳥の保護を訴えるダンスは、会場から大喝采を浴びた。家族リレーでは両親と子供がチームを編成して競技し、日頃運動不足ぎみのお父さん、お母さんたちも子供たちの声援を背に奮闘した。

 大玉ころがしのゲームでは昨年のオキナワ移住地入植60周年記念祭に嘉手納町から贈られた大玉が初披露され、使用された。
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=114250

ttps://archive.is/TeCwm
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7月に羽毛恐竜の世界展 御船で復元ロボットなど県初公開【YOMIURI ONLINE2015年5月4日】(「羽毛恐竜の世界展〜羽毛をもった恐竜と鳥類への進化〜」)

 体の表面に鳥のような羽毛をたくわえた新しいイメージの恐竜にスポットをあてた特別展「羽毛恐竜の世界展〜羽毛をもった恐竜と鳥類への進化〜」(御船町恐竜博物館、読売新聞社、KKTくまもと県民テレビ主催)が7月18日から、御船町の町恐竜博物館で開かれる。県内初公開の復元ロボットなど、最新研究を基に再現された恐竜の姿を学ぶことができる。

 恐竜の体表は化石として残りにくく、うろこなどを持った爬虫はちゅう類に似た外見とされてきた。しかし、1990年代以降、中国で体に羽毛の痕跡が残る「羽毛恐竜」の化石が相次いで発見され、従来のイメージは大きく変わりつつあるという。

 特別展では、化石標本や復元模型、ジオラマなどを通して、羽毛恐竜の起源や進化の歴史をたどることができる。また、県内では初公開となる羽毛が生えたティラノサウルスの復元ロボット(全長約10メートル)も展示する。

 同博物館の池上直樹・主任学芸員は「最新の研究で明らかになった恐竜の姿を見て、進化の歴史に触れてほしい」と話している。

 特別展は9月6日(午前9時〜午後5時)までで、会期中は無休。観覧料は大人1100円、高校・大学生800円、小・中学生400円。6月18日から発売される前売り券は各100円引き。問い合わせは同博物館(096・282・4051)へ。
http://www.yomiuri.co.jp/local/kumamoto/news/20150503-OYTNT50091.html

ttps://archive.is/glp2l
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みどりの日:命のゆりかご 奄美【毎日新聞2015年5月4日】(ルリカケス)

天を覆う巨大なガジュマル=鹿児島県の奄美大島で、須賀川理撮影

<特集「みどりの日2015」>
【写真特集】命を育む島 奄美
【写真特集】奄美に息づく多様な生き物
【写真特集】世界遺産 屋久島・白神山地
【写真特集】若葉もえる「美人林」
【写真特集】「東洋のガラパゴス」小笠原諸島の生き物
【写真特集】緑をもっと 広がる植樹の輪

 国内有数の豊かな生態系で知られる鹿児島県の奄美大島。政府は徳之島(鹿児島)と沖縄本島北部、西表島(沖縄県)を含めた4島を「奄美・琉球」として、世界自然遺産の候補地と決め、2017年の登録を目指している。独自の進化を遂げた多様な生き物が息づく「命を育む島」を訪ねた。【河内敏康】

 大雨を降らせた鉛色の雲が立ち去り、南国らしい青空が顔をのぞかせた4月下旬、奄美大島中部の奄美市住用(すみよう)町の山に入った。

 「ギャー、ギャー」。けたたましい声に驚いて振り返ると、瑠璃色の羽をした鳥が頭上を飛び去った。その美しさにしばし見とれていると、「国指定の天然記念物のルリカケスですよ」とガイドで写真家の常田守さん(56)が教えてくれた。

 さらに急流沿いを歩いて上ると、小指の先ほどのフンが大量に落ちていた。国の特別天然記念物のアマミノクロウサギのものという。ヒゲのように木から垂れ下がっているように見える黄緑色の植物は、絶滅危惧種のヨウラクヒバ。岩上で薄黄緑色の花を咲かせていたのは奄美大島にしか生息していないフジノカンアオイという。目の前に飛び出してきたカエルも奄美群島の固有種、アマミハナサキガエルだった。次々に姿を現す多様な生き物たちに圧倒された。

 出発から1時間半。突然、目の前に巨大なガジュマルが現れた。亜熱帯から熱帯にかけて広く分布する常緑高木だ。別の木の上で発芽し、気根を木に複雑に絡みつけながら地面に向けて伸ばし、成長していく。

 その高さは優に30メートルはあり、幹から伸びた幾筋もの気根が岩石にがっちりと絡みついていた。土台となる元の木がみられないため、数百年は経過しているだろうか。木の根元から見上げると、まるで天空が緑のじゅうたんで覆われているかのように美しかった。

 緑にあふれ、生命がみなぎる神聖な森。奄美の生き物たちにとって、この森こそがまさに「命のゆりかご」だ。

 絶滅の恐れのある野生生物をまとめた環境省のレッドリストによると、奄美群島には国内の哺乳類や鳥類など絶滅危惧種の1〜3割が生息している。

 なぜ生態系がこれほど豊かなのか。

 200万年も昔に大陸から切り離された奄美群島は、その後、新たな捕食者の脅威にさらされず、生き物が独自の進化を遂げた。東京大医科学研究所の服部正策(しょうさく)・特任研究員(医動物学)は「大陸で絶滅した貴重な生き物も、奄美でなら見られる。タイムカプセルのようだ」と言う。加えて、沿岸部を流れる暖流の黒潮が奄美に東京の倍に当たる年3000ミリもの降雨をもたらし、湿潤な亜熱帯性の森林を育て上げ、生き物たちに安住の地を提供している。

 戦後、奄美大島はインフラ整備が急激に進んだ。山が削られ、森に林道が造られ、やがて貴重な自然が失われていった。1995年には住民がアマミノクロウサギなどを原告にして、ゴルフ場建設に反対し、県に森林開発の許可の取り消しを求める訴訟を起こした。

 これをきっかけに、開発を抑え、環境を保全する運動の機運が高まった。あれから20年。奄美大島は世界自然遺産の正式な候補地に決まった。訴訟にかかわったNPO法人「環境ネットワーク奄美」代表の薗博明さん(80)は「先人たちは自然を敬い、水をためる山や森を大切にして、豊かな生態系を持続させてきた。人は自然によって生かされているという原点に今こそ立ち戻り、協力しなければならない」と語る。

 ◇ ◆ ◇ ◆

 毎日新聞社は5月4日の「みどりの日」に合わせ、「環境問題をもっと身近に」をテーマに、ご覧のニュースサイトを4日限定で“みどり”で包みました。毎日新聞本紙は通常ブルーの題字を1日限定で緑色にしました。さらに環境特集を配した緑色の用紙で朝刊本紙をラッピングし(一部地域を除く)、読者と共に環境問題を考えていくキャンペーンを実施していきます。
http://mainichi.jp/feature/news/20150501mog00m040040000c.html

ttps://archive.is/pATkX
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