2015年08月02日

NYタイムズ 世界の話題 オランダで雁の駆除にガス室〜「ナチス」批判も【朝日新聞デジタル2015年8月2日】(オランダ/ハイイロガン)

スキポール空港近くでガスによって処分される雁(dpa/AP Images)

 シューというガスの噴出音がした。棺のような木製の入れ物に閉じ込められた「犠牲者」は、息をしようとばたついているようだった。しかし、わずか2分で静かになった。

 白いバンに積んだ装置の赤いレバーを引いてガス栓を開けたのは、アリー・デンヘルトーク(40)。携帯電話の時間表示を見つめながら、「すべて終了」と宣言した。残忍なまでに効率のよいこの作業は、オランダ第4の都市ユトレヒトに近いライン川流域の一角で行われた。現場のポプラ並木には、太陽がさんさんと降り注いでいた。

 デンヘルトークは、野生の雁(がん)を大量に駆除する専門家で、抜きんでた実績を誇る。今回の現場では、二酸化炭素のガスボンベ2本を備えた自前の移動式ガス室で570羽のハイイロガンを処分した。その数は、この1週間で計7千羽以上にのぼる。動物保護の活動家からは「ナチ野郎」とののしられるが、農家からは英雄視されている。

 「別に、面白いわけではないさ。誰かがやらなければならないから、やってるんだ」

 オランダの当局も、同じ考えだ。雁の数は膨れあがる一方で、野放しにすれば、牧草を食い荒らすだけでなく、欧州の空の一大ハブ・スキポール空港(アムステルダム国際空港)から飛び立つ航空機のエンジンに吸い込まれる事故を引き起こしかねない。この国にとっては大問題で、デンヘルトークのやり方が不快に思われることが分かっていても、駆除を頼まざるをえない状況なのだ。

 オランダの雁は、急増している。ハイイロガンのように1970年代には絶滅が危惧されたものもあり、99年には狩猟が禁じられた。保護区域が拡大され、農家が雁と相性のよい窒素肥料を多く使うようになったことも、急増要因になった。もともと、河川と運河はありあまるほどあり、総じて「雁の楽園」が出現した、とオランダの野鳥観察団体Sovonの調査責任者ジュリア・スタールは説明する。

 雁は、夏になるとロシアの北極圏などに渡っていたが、今はオランダにとどまる数が増えている。スタールの推定によると、オランダにいる雁の総数は夏で80万羽、冬にはその倍になる。このうち約4分の3はハイイロガンだと言う。

 動物保護の活動家が作業を妨害しない限り、スキポール空港を発着する旅客機の乗客が「チェズレイ・サレンバーガーV世のような機長でありますように」と祈る必要はない、とデンヘルトークは笑う。2009年、ニューヨークの空港を離陸した直後に両翼のエンジンが雁を吸い込んで停止したため、ハドソン川に沈着冷静に不時着したUSエアウェイズの機長のことだ。

 そして、「おれがきちんと仕事をできさえすれば、どの機長も心配無用だ」と付け加えた。

 雁が空港の安全への脅威になっているという懸念が、デンヘルトークに本格的な仕事をもたらした。ハドソン川不時着事故の前年に、手作りのガス室で最初の雁駆除事業を受注した。

 それまでは、もっと「普通」の家業に従事していた。一般家庭や学校から、ハトやモグラ、キツネなどを閉め出す有害小動物の駆除会社を家族で営んでいた。

 空港からの受注で相手は雁に変わり、売り上げは大幅に伸びた。一方で、動物保護団体の目にとまるようにもなった。「ナチスの大量虐殺のやり方を再現している」と非難され、やめるように求める訴訟攻勢も始まった。

 「動物解放戦線」を名乗る活動家が、会社の事務所に侵入し、奥の部屋に放火した上、ののしりの落書きを壁に残す事件も起きた。

 それ以来、事務所と隣接の自宅には防犯カメラを備え付け、侵入者を防ぐフェンスも設けた。もうこんな事件は起きないでほしい、とデンヘルトークは願うが、嫌がらせの手紙やメールには気をもまざるをえない。

 最近、届いた匿名の電子メールにはこうあった。「お前は、戦時中のナチスと同じことをしている。だから、死に至る病をできるだけ長く患うよう願っている」

 こうした文言には、傷つけられる。でも、「自分がしていることを喜んでくれる農家の人たちが心の支えになっている」と胸の内を明かす。

 「それにしても、くそみそに言われるね」と嫌がらせの手紙などを束ねた黒い紙ばさみをめくりながら、ため息をついた。「毎日のようにナチ呼ばわりされるんだから」

 ユトレヒト地域で関連行政を受け持つ「雁担当相」のバート・クロールにも、嫌がらせが送られてくる。「雁の駆除許可を面白がって出しているわけではない。この問題に取り組まねばならないという民主的な決定を執行する責任が私にはある」と渋い顔をする。

 野鳥を観察している先のスタールは、雁の数を減らすことには反対しないが、そのためにガス室が本当に有効なのか、疑問に思うと言う。

 いずれにせよ、ナチスとの比較が人々の心情に訴える効果は大きく、当局側も一時はガス室使用の是認を控えたほどだった。

 しかし、この6月1日には、欧州連合(EU)の専門機関の一つである欧州化学機関(ECHA)が、二酸化炭素を殺生物剤として正式に認め、デンヘルトークの手法についての法的な疑義が晴れた。このため、仕事も大幅に増えるようになった。

 「動物に関することだと、感情的になる人が多過ぎる」とデンヘルトークは肩をすくめ、そんなことは現代の都会人の感傷に過ぎない、とすら言い切る。「動物に名前を付けて、人間のように扱う。しかし、自然とは厳しいものなんだ。病気で弱った鳥をキツネが見つければ、すぐに殺して食べてしまうだろう。でも、人が見つけると、医者のところに連れていくんだ」

 デンヘルトークが2008年に雁の駆除を始めてからの推定処分数は、スキポール空港周辺で2万5千羽、全体で5万〜6万羽だ。すべて、アムステルダムの専門食肉業者に無償で納めている。

 ガス室処理に非難が集中した最初のころは、二酸化炭素の使用を禁止された。このため、猟銃を使い、ときにはハンマーで撲殺したこともあった。「現場は血だらけで、見るにしのびなかった」と、処分にガスが使われていないことを確認するために立ち会ったことがあるユトレヒト近郊の雁保護区の保護官フーゴ・スピツェンは顔をしかめる。

 ガスの使用は「第2次世界大戦の記憶と結びつき、世論対策の上で難しい問題をはらんでいた」とスピツェンは言う。一方で、ガスを使わないやり方よりも、はるかによい面があるのも確かだ。「流血もないし、パニックも起きずに、1分かそこらで済んでしまうのだから」

 作業は、雁が飛んで逃げてしまわないよう、羽が生え換わる時期に実施される。1年に数週間しかない換羽期で、飛べない雁の群れは外的から身を守るために水辺に集まる習性がある。

 1回の作業には、数時間かかる。ライン川につながる運河の現場は、こうだった――。

 基本は、はさみうち作戦だ。まず、小舟がのんびりしている。雁の群れに近づき、岸に追いたてる。そこには、滑り台のような仕掛けが設置されており、追い込まれた雁は次々と「ガス室」に滑り落ちていく――。

 「おれだって雁は好きだよ。賢いしね」とデンヘルトークは話す。少年のころには、田舎で動物を捕まえることに熱中したこともある。この「雁の処分システム」を完成させるのにも何年もかけた、と言ってこう続けた。

 「もっとよいやり方があるのなら、いつでも聞かせてもらうよ」(抄訳)

(Andrew Higgins)

(C)2015 New York Times News Service(ニューヨーク・タイムズ・ニュースサービス)
http://www.asahi.com/articles/ASH6R63FBH6RULPT002.html

ttps://archive.is/WA8UZ

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アメリカの鳥観察会:22日、明星大と多摩動物公園 無料で先着25組 /東京【毎日新聞2015年8月2日】(「アメリカの鳥類」)

 明星大学(日野市)は22日、近隣の多摩動物公園と共同で鳥の観察プログラム「アメリカの鳥たちに会いに行こう!」を開く。対象は小学生と保護者で、先着25組。無料。

 同大が所蔵する巨大な鳥類図鑑「アメリカの鳥類」(縦98センチ、横67センチ)を鑑賞し、同動物公園の職員から鳥の生態や特徴について解説を受ける。学食でカレーの昼食後、同動物公園に移動して図鑑で見た鳥を観察する。時間は午前10時半〜午後1時半。終了後は園内を自由に観覧できる。

 申し込みは電子メール(gallery@gad.meisei-u.ac.jp)で。件名を「8/22親子イベント参加希望係」とし、(1)小学生と保護者の氏名(2)小学生の学年、年齢(3)住所(4)電話番号(5)事前に伝えたいことを明記。7日午後5時締め切り。【斉藤三奈子】

〔都内版〕
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20150802ddlk13040180000c.html

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海遊館:25周年 常に進化、感性に訴える 西田清徳館長に聞く /大阪【毎日新聞2015年8月2日】(イワトビペンギン)

 大阪市港区の大規模水族館「海遊館」は7月、開館から丸25年となった。その間の入館者は約6687万人。最近は外国人観光客でもにぎわっている。一方、野生生物保護の観点から希少生物が入手しにくくなるなど、水族館は岐路に立っている。海遊館の取り組みを2回にわたって紹介する。まずは、西田清徳館長に聞いた。【亀田早苗】

 ◇岐路に立つ水族館「命つなぐ場に」

 西田館長は水族館の役割について「言い古されたことだが」と前置きし、「レクリエーション」「環境教育」「調査・研究」「種の保存」を挙げる。

 館内では約620種、約3万点という生物が別世界にいざなう。西田館長は「サメを見て『わー、かっこいい』とか、海の生物がきれいだとか、気持ち悪いとか感じた経験は、本で学ぶより記憶に残る」という。感性が出発点なのだ。

 調査・研究の面でも「貴重な生物を海から連れてきて飼育しているのだから」と力を入れる。ジンベエザメを北海道大と共同研究するなど、研究者と協力。また「大阪湾生き物一斉調査」の一環として、一般の参加者も募って小型のイルカ「スナメリ」などを調べる。

 「『大阪湾にもスナメリがおるで』と知ってもらいたい。大阪の人が大阪湾に目を向けてほしいんです。『茅渟海(ちぬのうみ)』と言われた豊かさを復活させる余地はある」

 海遊館は「専門家と一般の人をつなぐ情報発信ができる」存在なのだ。

 一方、絶滅の危機にある生物を「一時期預かり、増やしてリリースする一時避難の場」であることも重要な役割だ。「そういうことのできる場は、動物園や水族館しかない。生息地が狭まった生物を見てもらい、自分たちのできることを一緒に考えましょう、と」

 海遊館ではイワトビペンギンの人工繁殖にも取り組み、今年は成功はしなかったが、研究成果が蓄積され、もう一歩のところまで。

 また、ニッポンバラタナゴやイタセンパラなど希少な日本固有の淡水魚は、生息する川ごとに遺伝子型が違うため、交雑を起こさないよう水系ごとに担当する水族館を決め、連携して保全を目指す。水族館はそこまで繊細に「命をつなぐ」場であろうとしている。

 開館以来飼育してきたラッコも1頭だけになった。米国からの輸入は現状で難しいが、北海道のオホーツク海では増えている。「だから捕まえるというのは絶対にやるべきではないが、漁網に引っかかったりするラッコの保護・収容施設を北海道につくるなどの地道な調査が、将来展示を続けていくためには必要」と考えている。

 海遊館は株式会社だが、大阪市が持ち株を近鉄グループホールディングスに売却、完全民営化も話題に。「経営は専門ではないが、海遊館が社会に求められることを理解し、常に進化する水族館で有り続けられれば、経営母体が変わっても従来通りやっていけるのでは」と話す。

 西田館長が大切にしているのは「センスオブワンダー」。初めて見る生き物に「不思議」「すごい」と感じる力だ。外国人観光客が増えても「案内表示などを補う工夫はいるが、『感じる』部分は同じ」という。

 秋には吹田市の万博記念公園に、海遊館がプロデュースする新水族館「ニフレル」ができる。名前は「〜にふれる」という意味だ。

 海遊館の今後は「開館当初からのコンセプトを貫きながら、感性に触れる展示やイベントを工夫していきたい」。研究者らしく、原点から未来を見据えている。

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 ■人物略歴

 大阪市出身。研究者になる決意を固めたのは映画「ジョーズ」がきっかけだったとか。北海道大大学院水産学研究科博士課程修了。海遊館には開館準備段階から勤める。専門はサメ・エイの仲間で、エイの研究では2種類の新種を発表したなどの実績がある第一人者。柔和な笑みを浮かべつつ、生き物の話をすると止まらない。

 開催中の25周年特別展示「シャークワールド」では、既に絶滅したとされる巨大ザメ「メガロドン」のあごのレプリカ制作を監修。休みの日に差し入れを持って工場に出掛け、構造などを説明した。25周年記念のジンベエザメのモニュメントも、実物の動きを写真で見せるなどして制作に参加。「好きなんです。机に座っているよりいい」と笑う。
http://mainichi.jp/area/osaka/news/20150802ddlk27040303000c.html

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(もっと教えて!ドラえもん)動物園って進歩しているんだね【朝日新聞デジタル2015年8月2日】

朝から!ドラえもん (C)Fujiko−Pro

 いろいろな動物(どうぶつ)に会(あ)える動物園(どうぶつえん)は、子(こ)どもたちに人気(にんき)のある施設(しせつ)のひとつだね。国内(こくない)では130年以上(ねんいじょう)の歴史(れきし)があるんだって。珍(めずら)しい動物(どうぶつ)を集(あつ)めるだけでなく、見(み)せ方(かた)や飼(か)い方(かた)も進歩(しんぽ)しているんだよ。

 ■野生に近づけようと工夫しているよ

 今(いま)もある動物園(どうぶつえん)の中(なか)で最(もっと)も古(ふる)いのは、オーストリアのウィーンに1752年(ねん)にできたシェーンブルン動物園(どうぶつえん)だと言(い)われているよ。皇帝(こうてい)が宮殿(きゅうでん)の庭(にわ)につくらせたんだ。

 日本(にほん)では1882年(ねん)、東京(とうきょう)・上野公園(うえのこうえん)の博物館(はくぶつかん)の付属施設(ふぞくしせつ)として、上野動物園(うえのどうぶつえん)ができたんだ。来日(らいにち)したイタリアのサーカス団(だん)から手(て)に入(い)れたトラや、シャム(今〈いま〉のタイ)から贈(おく)られたゾウが人気(にんき)を集(あつ)めた。年々(ねんねん)動物(どうぶつ)も増(ふ)え、にぎわったんだよ。

 だけど、1941年(ねん)に始(はじ)まった太平洋戦争(たいへいようせんそう)が激(はげ)しくなると、上野(うえの)では悲(かな)しい出来事(できごと)もあった。空襲(くうしゅう)に備(そな)え、ライオンやクマ、ヘビなど逃(に)げ出(だ)したら人(ひと)に危害(きがい)を加(くわ)えそうな動物(どうぶつ)を薬(くすり)などで殺(ころ)したんだ。

     *

 戦争(せんそう)が終(お)わって人々(ひとびと)の暮(く)らしが落(お)ち着(つ)くと、各地(かくち)に動物園(どうぶつえん)がつくられた。ゾウなどを列車(れっしゃ)で運(はこ)ぶ「移動動物園(いどうどうぶつえん)」も開(ひら)かれたよ。

 72年(ねん)には中国(ちゅうごく)との国交(こっこう)を記念(きねん)して、2頭(とう)のジャイアントパンダが上野(うえの)にやって来(き)た。一目(ひとめ)見(み)ようと多(おお)くの人(ひと)が訪(おとず)れ、74年度(ねんど)1年間(ねんかん)の入園者(にゅうえんしゃ)は、70年度(ねんど)の2倍(ばい)の約(やく)760万人(まんにん)に増(ふ)えたんだ。

 昔(むかし)の動物園(どうぶつえん)は、動物(どうぶつ)をおりやコンクリートなどで囲(かこ)い込(こ)む所(ところ)が多(おお)かった。それが、動物(どうぶつ)の研究(けんきゅう)が進(すす)み、飼育(しいく)の技術(ぎじゅつ)が上(あ)がったことで、野生(やせい)の状態(じょうたい)に近(ちか)づける試(こころ)みが20年(ねん)ぐらい前(まえ)から始(はじ)まったんだ。動物(どうぶつ)たちの健康(けんこう)にも良(よ)いからね。北海道(ほっかいどう)旭川市(あさひかわし)の旭山動物園(あさひやまどうぶつえん)には、ヒョウを真下(ました)から観察(かんさつ)できるおりや、猛(もう)スピードで泳(およ)ぐペンギンを見(み)られる水中(すいちゅう)トンネルがある。

     *

 珍(めずら)しい動物(どうぶつ)の保護(ほご)にも知恵(ちえ)を絞(しぼ)っているよ。長崎県(ながさきけん)の対馬(つしま)にしかいない野生(やせい)のツシマヤマネコは、福岡市動物園(ふくおかしどうぶつえん)などが協力(きょうりょく)して、人(ひと)の手(て)を加(くわ)えて増(ふ)やそうとしているんだ。

 動物園(どうぶつえん)同士(どうし)で「貸(か)し借(か)り」をして、赤(あか)ちゃんがたくさん生(う)まれるようにもしている。絶滅(ぜつめつ)のおそれがあるスマトラトラの赤(あか)ちゃんが昨年(さくねん)、横浜市(よこはまし)のよこはま動物園(どうぶつえん)ズーラシアで生(う)まれたけど、父親(ちちおや)は米国(べいこく)、母親(ははおや)はオランダの動物園(どうぶつえん)から借(か)りているんだ。

     ◇

 日本(にほん)に本格的(ほんかくてき)な動物園(どうぶつえん)ができる前(まえ)の江戸時代(えどじだい)にも、ゾウやクジャクを見(み)せ物(もの)にする場所(ばしょ)があったんだ。「動物園(どうぶつえん)」という言葉(ことば)が登場(とうじょう)するのは1866年(ねん)のこと。1万円札(まんえんさつ)の肖像(しょうぞう)でおなじみの福沢諭吉(ふくざわゆきち)が書(か)いた「西洋事情(せいようじじょう)」という外国(がいこく)を紹介(しょうかい)する本(ほん)で使(つか)われたよ。

 日本動物園水族館協会(にほんどうぶつえんすいぞくかんきょうかい)に加盟(かめい)している動物園(どうぶつえん)の数(かず)は、今(いま)では89施設(しせつ)になる。1年間(ねんかん)に全国(ぜんこく)で約(やく)4千万人(せんまんにん)が動物園(どうぶつえん)を訪(おとず)れているんだって。

 夏(なつ)は営業時間(えいぎょうじかん)を延(の)ばしている動物園(どうぶつえん)もあるから、夜(よる)の動物(どうぶつ)たちの様子(ようす)を見(み)ることもできるね。

 ◆毎月第1日曜日に掲載します。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11894321.html

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(科学の扉)放射性物質の見える化 手法様々、コメの中まで把握【朝日新聞デジタル2015年8月2日】(ヤマガラ)

放射性物質の見える化<グラフィック・原有希>
 東京電力福島第一原発の事故で環境中に放出された放射性物質はどこへ行ったのか。見えない放射線を「見える化」するさまざまな手法で、マクロの広がりからミクロの動きまで、ずいぶん詳しくわかるようになってきた。

 6月中旬、東京都文京区の東京大農学部キャンパス。放射線を扱える建物地下の部屋で、森敏名誉教授(植物栄養学)が福島県浪江町内で回収されたヤマガラの巣を薄い板に押し当てていた。オートラジオグラフィーという手法で、放射性物質がどう付着しているかを「見える化」するためだ。

 薄い板は、放射線を受けると内部が変質するイメージングプレートと呼ばれる感光体。専用のスキャナーで読み取ると、受けた放射線が強いほど黒く写る。もともとはフィルムを現像して画像化していたが、1980年代にデジタル化された。

 巣はコケや羽毛が付いた直径20センチほどの塊。45時間ほど感光板に当てた画像を見ると、コケに放射性物質がたくさんついていたが、羽毛には少なかった。

 マツタケ、軍手、はさみ……。これまで写してきたものの多くは、つき方にムラが目立った。はさみは、さびた刃の部分だけが極端に黒かった。「さびのでこぼこがあって、くっつきやすいのだろう。植物でも葉の葉脈や枝の分かれ目などにつきやすい」と森さんは言う。

 日本原子力研究開発機構(JAEA)が事故から2年後に採取した汚染地域のスギの枝を調べると、事故後に伸びた枝の先がうっすらと黒くなっていた。大貫敏彦上席研究主席(放射化学)は「放射性物質は外側についているだけでない。内部に吸収されたものが運ばれ、活発に成長している新しい枝に集まった」と推測する。

 ■汚染図も詳細に

 放射性物質は五感でとらえられない。原発事故直後は、どこまで、どのように広がったかを地図のように「見える化」することが急務だった。

 米エネルギー省は事故から数日のうちに福島県東部に測定器を積んだ航空機を飛ばし、放射性物質が沈着した地域が原発から北西方向へ帯状に伸びていることを把握した。しかし上空高くから計測するため、大づかみの傾向しか分からない。その後、JAEAなどは無人ヘリによる計測を導入。高さ約10メートルから細かく測れるようになった。

 ピンポイントの空間線量を地上で測る放射線測定器も、測定点を多くすれば地図作りに役立つ。除染の前後で測り、放射性物質が側溝や雨どいの下などに集まりやすいことを明らかにしたのも、この計測だった。

 農作物に取り込まれた放射性物質はどこへ行くのか。東京大の広瀬農(あつし)特任助教(放射線植物生理学)は放射性セシウムを吸わせたイネから収穫したコメを輪切りにして、オートラジオグラフィーで分布を調べた。開花後すぐはコメ全体に広がったが、コメが大きくなる9日後ごろから、周囲のぬかになる部分に集まっていった。

 「セシウムがぬかに集まることは知られていたが、ぬかにたどり着くまでの動きが分かった。セシウムはカリウムに似た動きをしているようだ」と広瀬さん。動きが分かることで、そもそもコメにセシウムを移さない研究につながるという。

 ■動画で動き追う

 放射性物質はもともと研究用の「標識」として使われてきた。出てくる放射線を目印にして物質の動きを追えるからだ。

 JAEA量子ビーム応用研究センターの藤巻秀グループリーダー(植物栄養学)らは、植物の中を動く放射性物質を動画でとらえる新手法を開発した。医療で使われるPET(陽電子放射断層撮影)の技術を応用し、植物を栽培したまま見ることができる。

 この手法で、海水と淡水が混じる汽水域で育つヨシがなぜ塩分に強いのか調べた。塩分の標識として放射性ナトリウムを使い、ヨシと塩分に弱いイネに吸わせて動きを比べると、イネは根から茎へ移っていったが、ヨシは茎の付け根から上には行かなかった。同じイネ科だがヨシは根から排出していた。「これを応用して塩分に強いイネをつくり出せれば、イネが栽培できる場所が広がり、食糧事情が変わる」と藤巻さんは話す。

 二酸化炭素を取り込んだ植物が光合成する仕組みの研究、エンジンの中を見る非破壊検査。放射性物質を標識に利用した分野は多い。こうした技術の蓄積が原発事故後の「見える化」で応用された。

 中西友子・東京大教授(放射線植物生理学)は「放射性物質の動きが分かると効果的な除染ができる。また、今回の汚染を詳しく調べて知識を蓄えておくことで、次の事故が起きた場合にすぐに対応できる」と話している。(木村俊介)

 <放射性セシウム> 原発事故で出る放射性物質のうち環境への影響が最も大きいとされるのがセシウムだ。半減期がセシウム134は約2年、同137は約30年で徐々に減っているが、ヨウ素の約8日より長い。広範囲に降って土などに固着している。

 <標識の作り方> 研究用の標識に使う放射性物質は、高速で原子同士を衝突させる加速器などを使って人工的につくり出す。放射線を出すこと以外は通常の原子と同じ振る舞いをするため、影響をほとんど及ぼすことなく物質の動きをとらえることができる。

 <オートラジオグラフィ> 試料から出てくる放射線を感光体に写しだし、放射性物質のありかを探る手法。同じように感光体を使うX線撮影では、体の外から当てた放射線が透過しなかった白っぽい部分に注目するのに対し、オートラジオグラフィでは逆に黒く写った部分が重要になる。

 ◇「科学の扉」は来週休みます。次回は16日で、「森林と二酸化炭素」の予定です。ご意見、ご要望はkagaku@asahi.comメールするへ。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11894336.html

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東京)東京うこっけい、大島高生が飼育 青梅から分離【朝日新聞デジタル2015年8月2日】

東京うこっけいの羽を広げて体調を見る土屋恵美さん(右)。柳瀬聡子さんは卒業後、実習助手を目指している=大島高

 ブランド鶏の「東京うこっけい」。一部が青梅市の飼育・研究拠点から約120キロ離れた伊豆大島の高校の鶏舎で育てられている。伝染病で全滅しないようにするためだ。

 「コッ、コッ」「コォー、コー、コーッ」。夕方、大島町にある大島高校の鶏舎は、にぎやかでリズムのよい鳴き声に包まれていた。

 農林科3年の柳瀬聡子さん(18)が、約90羽の東京うこっけいが飼育される籠を開き、卵を集めていく。スポンジを使って約40グラムの卵の表面を丁寧に洗い、パック詰めする。

 うこっけいは江戸初期に中国から渡来したと言われ、古来中国では、宮廷料理として珍重されていた。1羽の産卵数が年間50個程度と少なく、国内ではかつて1個500円もの高値がついていた。そこで青梅市の都畜産試験場(現都農林総合研究センター)は1998年、産卵数の多い東京うこっけいを誕生させた。ここで育つ親鳥から誕生したひなが養鶏農家などに販売される。

 都は純粋交配を守り、十数世代にわたって育種改良を続けているが、高病原性鳥インフルエンザなどの伝染病が発生すると全滅してしまう恐れがある。

 そのため2009年4月、うこっけいの飼育を続けてきた大島高校に48羽を避難させ、分散飼育が始まった。鶏舎は野鳥の侵入を防ぐ鉄筋造り。農林科の生徒9人が、山木龍也教諭や実習助手の土屋恵美さん(37)の指導を受けながら、3カ月ごとにワクチンを投与するほか、給餌(きゅうじ)や給水、清掃、採卵、パック詰めをこなす。

 卵は火曜と金曜の午後に校内で販売する。6個入り300円。売り上げは都の収入となる。「黄身が多くコクを感じる」「卵かけご飯がおいしい」と島民らに好評だ。昨年は島特産のアシタバなどを餌にした東京うこっけいの卵を、都内百貨店でのお歳暮商品の原材料として出荷した。

 分散飼育が始まったころから指導にあたる土屋さんは「ワクチン接種やこまめな清掃などで緊張感が生まれ、生徒はいい機会を得ている」と話す。教材としても活用し、過去には見た目の悪いうこっけいの食肉について加工方法の研究をした生徒もいるという。(前田伸也)
http://www.asahi.com/articles/ASH784K1JH78UTIL00Y.html

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カワウ減れど営巣多様化 県内住宅地でふん被害も【中日新聞2015年8月2日】

数多く確認できるカワウとサギ=野洲市永原で

 県内で漁業被害や植生被害をもたらすカワウ。駆除の効果もあり年々減っているにもかかわらず、生息地を水辺だけでなく住宅街やゴルフ場などにも広げ、新たな課題が生じている。

 関西広域連合が五月に県内の生息数を調査したところ、前年比七百七十羽減の七千六百五十九羽を確認。多い所では竹生島(長浜市)の三千七百十三羽、大正池(日野町)の九百九十九羽などだが、全体で見ると、ピークの三万七千羽(二〇〇八年)から減っている。

 今年は長浜市の葛籠(つづら)尾崎で生息が確認されず、近江八幡市の伊崎半島でも前年の三分の一に。県は空気銃などを用いた駆除を定期的にしており、鳥獣対策室の担当者は「続けてきた駆除の効果が表れ始めている」と言う。

 ところが、生息地に変化があることが判明。琵琶湖岸や河川敷など水辺に営巣することが一般的なカワウが、大津市北部のゴルフ場に三百四十羽のコロニー(集団営巣地)をつくっていることが分かり、野洲市永原の住宅街にある史跡「永原御殿」でもコロニーが見つかった。永原では三百羽のカワウが春からサギと“同居”しているが、周辺には餌となる魚どころか水辺も見当たらない。

 カワウの生態に詳しい琵琶湖博物館総括学芸員の亀田佳代子さんによると、関東地方には高圧鉄塔の上に巣を作っているケースもあり、「湖辺や河川敷といった水辺でなくても、安心できる場所なら移り住む傾向もある」と指摘する。

 こうした住宅地への営巣で新たなトラブルも懸念されている。永原御殿跡の隣に住む建築士、上田崇司さん(53)は「ふんを車にかけられたり洗濯物を汚されたりする。ペンキを垂らしたような大きなものもある」と困惑。隣家の無職男性(78)も「特に雨上がりで乾いたころのふんが臭い。畑の野菜にもふんをかけられる」と憤る。

 亀田さんは「県内全体で見れば大規模コロニーは少しずつ減ってはきたが、内陸に分散している可能性もある。行政の対策を見直す転換点かもしれない」と話している。

(井上靖史)
http://www.chunichi.co.jp/article/shiga/20150802/CK2015080202000006.html
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