2018年07月29日

コシジロヤマドリヒナすくすく 動物園内個体初【宮崎日日新聞2018年7月29日】

人工授精で5月に誕生したフェニックス自然動物園のコシジロヤマドリのひな(写真左、園提供)と、現在元気に成長しているコシジロヤマドリ=7月23日
 宮崎市フェニックス自然動物園で5、6月、県鳥・コシジロヤマドリのひな13羽が人工授精で生まれた。うち12羽が元気に育っている。園で飼育する個体の組み合わせでは、初めて繁殖に成功した事例となり、関係者は「これで人工授精の技術がほぼ確立できたのではないか」と喜んでいる。
https://this.kiji.is/396201815605232737?c=39546741839462401

http://archive.is/ubVp9

逃走したエミュー確保 美濃加茂、17日ぶり【中日新聞2018年7月29日】

 岐阜県美濃加茂市蜂屋町の農家の男性(63)宅からダチョウに似た大型の鳥エミューが逃げ出し、29日、17日ぶりに確保された。けがもなく元気という。

 体長約1・6メートル、体重50〜60キロの雄。田畑を荒らすイノシシよけのために、男性が2・5メートルの柵の中で雌と一緒に飼育していたが、12日朝から行方が分からなくなっていた。

 加茂署によると、29日午後1時10分ごろ、農家から約50メートル離れた市道を通り掛かった女性が「道路をダチョウが歩いている」と119番。同じころ、近隣住民から連絡を受けた男性が素手で捕まえ、駆け付けた署員らとともに抱きかかえて飼育場所に戻した。

 男性の三男(24)は「人を襲うこともなく、無事に帰ってきてくれてほっとした。もう逃げないように気を付けたい」と話した。

(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2018072990164259.html

逃走したエミュー確保 岐阜【産経WEST2018年7月29日】
 岐阜県警加茂署は29日、同県美濃加茂市の農家の男性(63)宅から12日に逃走した大型の鳥エミューを確保したと発表した。エミューにけがはなく、男性宅に戻った。

 同署によると、29日午後1時10分ごろ、男性宅から約50メートル離れた市道で発見され、通行人の女性が「道路をダチョウが歩いている」と119番した。署員が駆け付ける前に、付近の住民から連絡を受けた飼い主の男性らが確保した。

 エミューは体長約1・6メートル、体重50〜60キロの雄で農地を荒らすイノシシよけのために飼育されていた。12日朝、高さ2・5メートルの柵を飛び越えて逃走したとみられる。
https://www.sankei.com/west/news/180729/wst1807290025-n1.html

岐阜・美濃加茂市 7月12日から行方不明のエミュー 飼育場所近くで無事確保される【メ〜テレ2018年7月29日】
岐阜県美濃加茂市で7月12日から行方がわからなくなっていた大型の鳥・エミューが飼育されていた場所の近くでみつかり、飼い主らによって確保されました。
29日午後1時すぎ、岐阜県美濃加茂市蜂屋町で通行人の女性から「道路上をダチョウが歩いている」と119番通報がありました。警察によりますと、歩いていたのは7月12日から行方がわからなくなっていたエミューとみられ警察が現場に駆けつけたときには道路上で飼い主らによって確保されていたということです。エミューがみつかったのは飼い主の家からわずか50mほどの場所で、大きなけがなどはなく、そのまま飼い主のもとに返されたということです。
https://www.nagoyatv.com/news/?id=184269&p=1

逃走エミュー捕獲 美濃加茂市の田んぼで17日ぶり【岐阜新聞2018年7月30日】
 岐阜県警加茂署は29日、美濃加茂市蜂屋町の民家横の柵から12日に逃走した大型の鳥エミュー(体高約1・6メートル)を捕獲した、と発表した。エミューにけがはなく、男性宅に戻った。

 署によると、29日午後1時10分ごろ、エミューが飼い主の農業男性(63)宅近くの市道を歩いているのを、通行人の女性が発見し119番した。男性や付近住民らが道路脇の田んぼにいたエミューを取り囲み、間もなく捕らえた。

 エミューはダチョウに似たオーストラリア原産の走鳥類。男性はイノシシよけのために、自宅裏山のフェンスなどで囲った場所で、雄と雌を1羽ずつ飼育。雄が12日に柵を破って逃走していた。飼育場所は美濃加茂市役所から北へ約4キロの山あい。
https://www.gifu-np.co.jp/news/20180730/20180730-61612.html

https://megalodon.jp/2018-0729-2146-57/www.chunichi.co.jp/s/article/2018072990164259.html
http://archive.is/M74Tm
http://archive.is/UqHYd
http://archive.is/fXHAa
逃走のエミュー見つからず 岐阜・美濃加茂市【メ〜テレ2018年7月13日】
岐阜・美濃加茂市 大型の鳥・エミューが脱走 警察が通学路を警戒【メ〜テレ2018年7月12日】
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審査員や講師に著名人 「信州なび助」も復活 総文祭【朝日新聞デジタル2018年7月29日】(ライチョウ)

人形劇部門のなび助

 信州総文祭には、長野ゆかりの著名人たちも協力する。県内の中高生から募集した「大会テーマ」案の特別審査員を務めたのは、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」「永遠の0(ゼロ)」を手がけた山崎貴監督。松本市出身だ。

 文芸部門では、歌人の穂村弘さんが参加する高校生向けに記念講演。研修会では、小説家の小嶋陽太郎さん(松本市出身)や詩人の杉本真維子さん(長野市出身)が講師に。放送部門では、星野源さんのヒット曲「恋」のミュージックビデオを手がけた映像ディレクター関和亮さん(小布施町出身)が審査員を務める。

 大会を彩るマスコットキャラクターは、「信州なび助」。県の鳥ライチョウがモチーフだ。県公式観光携帯サイト用のキャラだったが、2012年に「アルクマ」と交代し、日陰の存在に。15年の総文祭関連イベントで復活を果たした。和太鼓をたたいたり絵筆を持ったり、31種類の部門やイベント別のデザインも誕生。各部門や実行委員の生徒たちが岡学園トータルデザインアカデミーの協力を得て作った。(上田真由美)
https://www.asahi.com/articles/ASL744DC5L74UCLV00N.html

http://archive.is/rebEN
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view 大けがから8年 親に… 放鳥トキの「84番」【産経フォト2018年7月29日】

水田のあぜから今年生まれた幼鳥が飛ぶ。野生下で生まれた約半数の幼鳥は足輪が装着されていない =新潟県佐渡市(大山文兄撮影)
大けがを克服、初めてヒナを巣立ちさせた84番の雄(中央)。両脇は親と変わらぬ大きさに成長した若鳥 =新潟県佐渡市(大山文兄撮影)
 今秋、試験放鳥開始から10年を迎える新潟県・佐渡島のトキ。環境省によると、今春の繁殖期は延べ77組のペアが営巣し、ヒナ60羽の巣立ちを確認した。しかし、この数は昨年よりも17羽少なく、関係者の思いは複雑だ。

 近年、巣立つヒナの数は過去最多を毎年更新していた。トキは巣立ちから2年で繁殖が可能。ペアも着実に増えていた。環境省佐渡自然保護官事務所の若松徹・主席自然保護官は「冬の寒さや春先の天候不順でエサが十分に捕れず、繁殖のモチベーションが下がった可能性がある」とみる。

水田から飛翔する今年生まれの若鳥 =新潟県佐渡市(大山文兄撮影)
 そんな中、関係者を驚かせる出来事があった。平成22年3月、放鳥を控えた11羽が野生復帰ステーションのケージでテンに襲われ9羽が死んだ“事件”。このとき生き残った2羽のうち1羽が、初めてヒナを巣立たせたのだ。

 当時、瀕死(ひんし)の状態で発見された個体番号84番の雄(9歳)だった。佐渡トキ保護センターの獣医師・金子良則さん(60)は、傷ついた84番の姿が忘れられない。「食道が破れてぐったりしていた。正直、ダメだと思った」と当時を振り返る。

水田から飛翔する今年生まれの若鳥 =新潟県佐渡市(大山文兄撮影)
 深い傷を金子さんが縫合。その後1週間、チューブで流動食を胃に流し込み命をつないだ。驚いたのは、その後の回復力。2週間後には、自分でドジョウを食べるまでになった。

 しかし、金子さんは84番の傷が完治しても、なかなか放鳥にGOサインが出せなかった。「心の中で何か引っかかるものがあった」のだという。悩んだ末に放鳥したのは、けがから1年半が過ぎた平成23年9月だった。

 84番がヒナ3羽を育てた事実は環境省のモリタリング調査で判明した。トキ専門の獣医師として27年間、孵化(ふか)させたヒナの数は500羽を超える。それぞれ思いはあるが、金子さんにとって84番は特別な存在。記者が調査結果を伝えると、8年前の出来事を昨日のことのように話してくれた。

きょうだいけんかする今年生まれの若鳥。父親は大けがを克服した84番の雄 =新潟県佐渡市(大山文兄撮影)
 「放鳥したトキは子供と一緒。心配していたらキリがないけどね」。親になった“わが子”の近況を知り、金子さんは穏やかに笑った。
(写真報道局 大山文兄)
https://www.sankei.com/photo/story/news/180729/sty1807290001-n1.html

http://archive.li/HtyXU
タグ:トキ 佐渡島
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だんらん【産経フォト2018年7月29日】

 トルコ東部ワンでくつろぐコウノトリの仲間。満月を背に家族だんらん。(ゲッティ=共同)
http://www.sankei.com/photo/daily/news/180729/dly1807290003-n1.html

http://archive.is/jN3We
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クジャクのひな すくすく 川棚「くじゃく園」 シマリスも仲間入り【長崎新聞2018年7月29日】

 長崎県東彼川棚町小串郷の大崎自然公園「くじゃく園」でクジャクのひながすくすくと育っている。成長したひなから順次、園内の「くじゃくランド」に移し、8月上旬にも公開する予定。
 園では約200羽のクジャクを飼育。今年は4月末からインドクジャクとマクジャクの産卵が始まり、6月から現在までに60羽近くのひながふ化した。生まれてしばらくは育雛(いくすう)器と呼ばれる専用ケースで飼育。ある程度成長すると大きめのケージに移す。産卵期はまだ終わっておらず、“ベビーラッシュ”は当面続きそう。
 シマリス8匹も新たに仲間入りした。同園は「にぎやかになったくじゃく園に遊びにきて」としている。

ふ化して間もないクジャクのひな=川棚町
くじゃく園に新しく加わったシマリス=川棚町
https://this.kiji.is/395957006718452833?c=39546741839462401

http://archive.is/UtsBe

【かながわ美の手帖】岡田美術館「田中一村の絵画−奄美を愛した孤高の画家−」展【産経ニュース2018年7月29日】

■強い自尊心と才能 切り開いた新境地

 奄美大島の自然を描くことに人生をささげた明治生まれの日本画家、田中一村の特別展「田中一村の絵画−奄美を愛した孤高の画家−」が箱根町の岡田美術館で開かれている。近年同館が収蔵した希少な2作品を初公開するほか、伊藤若冲や東山魁夷ら、一村にまつわる人物の作品など計約60点を展示している。苦難の末、日本画の新境地を切り開いた一村。制作に傾けた並々ならぬ情熱に触れることができる。

 ◆南国の風景表現

 肉付きのよい魚3匹が横向きに並び、画面からはみ出しそうなほどダイナミックに描かれている。一村の代表作「熱帯魚三種」だ。

 手前からスジブダイ、シマタレクチベラ、アオブダイの3種。いずれも食用で、現地では鮮魚店でも売られる魚だという。一村は南国の魚特有の美しい柄を細部まで丁寧に写し取っている。

 夜に開花して芳香を放つヤコウボク(夜香木)を添えて、絵を飾っている。魚たちの頭部にはやわらかな光が差し込み、幻想的な雰囲気を演出している。

 南国の風景という、それまでの日本画には見られなかったテーマに挑戦した一村。構図を計算し尽くして、写実性も追求するなど、画家の執念が感じられる作品だ。

 もう一つの代表作「白花と赤翡翠(あかしょうびん)」も同様。縦約1・5メートル、横約0・6メートルの大作で、描かれている花や鳥はほぼ原寸大だという。

 植物を絵の中央から上部に向かって重ねて描くことで奥行きをつけている。見る者はまるで花の下にいるような感覚にさせられる。

 花はダチュラ(キダチチョウセンアサガオ)で、鳥はカワセミ科の渡り鳥、アカショウビン。赤く鮮やかな鳥の体色がワンポイントとなり、絵を引き締めている。背後に垂れ下がるガジュマルの根が、絵に余韻を与えている。

 豊かな才能を持ちながら、画壇と距離を置き、故郷から遠く離れた奄美の地で無名のまま生涯を終えたことで、一村は「孤高の画家」という“異名”をもつ。一村は当初、東京美術学校(現・東京芸大)に東山魁夷と同期入学するなど、その後の画壇を牽引(けんいん)した巨匠らと同じスタートラインに立っていた。ただ、わずか2カ月で退学を選ぶなど、その頃にはすでに「異端」への一歩が踏み出されていたといえる。

 ◆起伏に富んだ人生

 起伏に富んだ人生には、その背景に自尊心の高さや気性の激しさがありそうだ。同館館長の小林忠は、退学理由についての見解を「すでに技量も高まっていた彼は、教官の指導を素直に受け入れられなかったのではないだろうか」と著述。画壇から不遇にされた30〜40代についても、「絵に対する信念が異なると反発し、才を認めてくれた川端龍子とも離れてしまった」と解説している。

 傷心を癒やすために訪れた九州などへの旅行で南国に魅せられ、それが奄美移住のきっかけとなった。

 同館学芸課長の小林優子は「波乱の多い側面がクローズアップされがちだが、自らが納得するまで絵画に向き合えたという点では、幸せな画家だった。高い境地を目指したからこそ一村の絵は力強く、人の心を打つ」と話している。=敬称略(外崎晃彦)

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 特別展「田中一村の絵画−奄美を愛した孤高の画家−」は岡田美術館(箱根町小涌谷493の1)で9月24日まで。8月24日からは一村の代表作「アダンの海辺」も追加展示する。開館は午前9時から午後5時(入館は午後4時半まで)。会期中無休。入館料は一般・大学生2800円ほか。問い合わせは同館((電)0460・87・3931)。

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【プロフィル】たなか・いっそん

 明治41(1908)年、栃木県栃木町(現・栃木市)生まれ。大正15年、東京美術学校(現・東京芸大)に入学するも約2カ月で退学。日本画壇と折り合わず、昭和33年、50歳で奄美大島に単身移住。生活は質素を極め、生活費や画材代を得るため、数年働き数年画業に専念するという日々を送った。52年、夕食の準備中に心不全で倒れ、69歳で死去。1作品の制作に数カ月を費やし、気に入らない作品は破棄したと考えられ、奄美時代の作品は約30点と少ない。
https://www.sankei.com/region/news/180729/rgn1807290026-n1.html

http://archive.is/31EYc
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