JR熊本駅近くにある自宅の庭では1985年以来、毎年キジバトが巣をかける。しかし、アオダイショウが卵を飲み込んだり、カラスやネコが雛を襲ったりして、無事に育ったのは1回だけだった。
「同じ巣を使わず、別の場所に巣をかけりゃよいのに。言っちゃなんだが、ハトは学習しない」
ほとんどの鳥はえさの昆虫が多い春から初夏にかけて産卵するが、鳩乳で子育てするハトは昆虫の数に左右されず、1年に何度も卵を産み育てる。ハトは、学習するより、繁殖力を高めることによって生き残った種なのだという。
鳥の生態だけでなく、文化史的側面にも関心を向ける。「日本でハトは、戦いの神・八幡神の使いとされてきた。平和のシンボルになったのは戦後です」
公園や神社に群れるドバトは古代、愛玩用として朝鮮半島から入ってきた。やがて、八幡神の使いとみられるようになり、八幡信仰の広がりとともに、全国の社寺で保護・飼育されて生息域を広げたのではないかと推測する。
1941年、熊本市生まれ。大学卒業後、中学校教諭になって熊本県南部の相良村に赴任したことが、野鳥との出合いになった。校庭でホオジロやコジュケイが繁殖し、そばの堤にはカワセミやヤマセミがいた。「小鳥を飼うのは好きだったのですが、野生の鳥にはかごの中の鳥にはないおもしろさがありました」
科学クラブをつくり、生徒と一緒に野鳥観察に励んだ。研究熱心な姿勢が評判を呼び、本紙を含む新聞や町村史などへの執筆を依頼されるようになった。『熊本の野鳥記』『ツバメのくらし百科』など著作も多い。「野生生物と人間との共存を考えるヒントになれば」と、執筆の手を休めない。
https://www.nishinippon.co.jp/nlp/book_auther/article/442162/
http://archive.is/3EpZb