2015年08月02日

NYタイムズ 世界の話題 オランダで雁の駆除にガス室〜「ナチス」批判も【朝日新聞デジタル2015年8月2日】(オランダ/ハイイロガン)

スキポール空港近くでガスによって処分される雁(dpa/AP Images)

 シューというガスの噴出音がした。棺のような木製の入れ物に閉じ込められた「犠牲者」は、息をしようとばたついているようだった。しかし、わずか2分で静かになった。

 白いバンに積んだ装置の赤いレバーを引いてガス栓を開けたのは、アリー・デンヘルトーク(40)。携帯電話の時間表示を見つめながら、「すべて終了」と宣言した。残忍なまでに効率のよいこの作業は、オランダ第4の都市ユトレヒトに近いライン川流域の一角で行われた。現場のポプラ並木には、太陽がさんさんと降り注いでいた。

 デンヘルトークは、野生の雁(がん)を大量に駆除する専門家で、抜きんでた実績を誇る。今回の現場では、二酸化炭素のガスボンベ2本を備えた自前の移動式ガス室で570羽のハイイロガンを処分した。その数は、この1週間で計7千羽以上にのぼる。動物保護の活動家からは「ナチ野郎」とののしられるが、農家からは英雄視されている。

 「別に、面白いわけではないさ。誰かがやらなければならないから、やってるんだ」

 オランダの当局も、同じ考えだ。雁の数は膨れあがる一方で、野放しにすれば、牧草を食い荒らすだけでなく、欧州の空の一大ハブ・スキポール空港(アムステルダム国際空港)から飛び立つ航空機のエンジンに吸い込まれる事故を引き起こしかねない。この国にとっては大問題で、デンヘルトークのやり方が不快に思われることが分かっていても、駆除を頼まざるをえない状況なのだ。

 オランダの雁は、急増している。ハイイロガンのように1970年代には絶滅が危惧されたものもあり、99年には狩猟が禁じられた。保護区域が拡大され、農家が雁と相性のよい窒素肥料を多く使うようになったことも、急増要因になった。もともと、河川と運河はありあまるほどあり、総じて「雁の楽園」が出現した、とオランダの野鳥観察団体Sovonの調査責任者ジュリア・スタールは説明する。

 雁は、夏になるとロシアの北極圏などに渡っていたが、今はオランダにとどまる数が増えている。スタールの推定によると、オランダにいる雁の総数は夏で80万羽、冬にはその倍になる。このうち約4分の3はハイイロガンだと言う。

 動物保護の活動家が作業を妨害しない限り、スキポール空港を発着する旅客機の乗客が「チェズレイ・サレンバーガーV世のような機長でありますように」と祈る必要はない、とデンヘルトークは笑う。2009年、ニューヨークの空港を離陸した直後に両翼のエンジンが雁を吸い込んで停止したため、ハドソン川に沈着冷静に不時着したUSエアウェイズの機長のことだ。

 そして、「おれがきちんと仕事をできさえすれば、どの機長も心配無用だ」と付け加えた。

 雁が空港の安全への脅威になっているという懸念が、デンヘルトークに本格的な仕事をもたらした。ハドソン川不時着事故の前年に、手作りのガス室で最初の雁駆除事業を受注した。

 それまでは、もっと「普通」の家業に従事していた。一般家庭や学校から、ハトやモグラ、キツネなどを閉め出す有害小動物の駆除会社を家族で営んでいた。

 空港からの受注で相手は雁に変わり、売り上げは大幅に伸びた。一方で、動物保護団体の目にとまるようにもなった。「ナチスの大量虐殺のやり方を再現している」と非難され、やめるように求める訴訟攻勢も始まった。

 「動物解放戦線」を名乗る活動家が、会社の事務所に侵入し、奥の部屋に放火した上、ののしりの落書きを壁に残す事件も起きた。

 それ以来、事務所と隣接の自宅には防犯カメラを備え付け、侵入者を防ぐフェンスも設けた。もうこんな事件は起きないでほしい、とデンヘルトークは願うが、嫌がらせの手紙やメールには気をもまざるをえない。

 最近、届いた匿名の電子メールにはこうあった。「お前は、戦時中のナチスと同じことをしている。だから、死に至る病をできるだけ長く患うよう願っている」

 こうした文言には、傷つけられる。でも、「自分がしていることを喜んでくれる農家の人たちが心の支えになっている」と胸の内を明かす。

 「それにしても、くそみそに言われるね」と嫌がらせの手紙などを束ねた黒い紙ばさみをめくりながら、ため息をついた。「毎日のようにナチ呼ばわりされるんだから」

 ユトレヒト地域で関連行政を受け持つ「雁担当相」のバート・クロールにも、嫌がらせが送られてくる。「雁の駆除許可を面白がって出しているわけではない。この問題に取り組まねばならないという民主的な決定を執行する責任が私にはある」と渋い顔をする。

 野鳥を観察している先のスタールは、雁の数を減らすことには反対しないが、そのためにガス室が本当に有効なのか、疑問に思うと言う。

 いずれにせよ、ナチスとの比較が人々の心情に訴える効果は大きく、当局側も一時はガス室使用の是認を控えたほどだった。

 しかし、この6月1日には、欧州連合(EU)の専門機関の一つである欧州化学機関(ECHA)が、二酸化炭素を殺生物剤として正式に認め、デンヘルトークの手法についての法的な疑義が晴れた。このため、仕事も大幅に増えるようになった。

 「動物に関することだと、感情的になる人が多過ぎる」とデンヘルトークは肩をすくめ、そんなことは現代の都会人の感傷に過ぎない、とすら言い切る。「動物に名前を付けて、人間のように扱う。しかし、自然とは厳しいものなんだ。病気で弱った鳥をキツネが見つければ、すぐに殺して食べてしまうだろう。でも、人が見つけると、医者のところに連れていくんだ」

 デンヘルトークが2008年に雁の駆除を始めてからの推定処分数は、スキポール空港周辺で2万5千羽、全体で5万〜6万羽だ。すべて、アムステルダムの専門食肉業者に無償で納めている。

 ガス室処理に非難が集中した最初のころは、二酸化炭素の使用を禁止された。このため、猟銃を使い、ときにはハンマーで撲殺したこともあった。「現場は血だらけで、見るにしのびなかった」と、処分にガスが使われていないことを確認するために立ち会ったことがあるユトレヒト近郊の雁保護区の保護官フーゴ・スピツェンは顔をしかめる。

 ガスの使用は「第2次世界大戦の記憶と結びつき、世論対策の上で難しい問題をはらんでいた」とスピツェンは言う。一方で、ガスを使わないやり方よりも、はるかによい面があるのも確かだ。「流血もないし、パニックも起きずに、1分かそこらで済んでしまうのだから」

 作業は、雁が飛んで逃げてしまわないよう、羽が生え換わる時期に実施される。1年に数週間しかない換羽期で、飛べない雁の群れは外的から身を守るために水辺に集まる習性がある。

 1回の作業には、数時間かかる。ライン川につながる運河の現場は、こうだった――。

 基本は、はさみうち作戦だ。まず、小舟がのんびりしている。雁の群れに近づき、岸に追いたてる。そこには、滑り台のような仕掛けが設置されており、追い込まれた雁は次々と「ガス室」に滑り落ちていく――。

 「おれだって雁は好きだよ。賢いしね」とデンヘルトークは話す。少年のころには、田舎で動物を捕まえることに熱中したこともある。この「雁の処分システム」を完成させるのにも何年もかけた、と言ってこう続けた。

 「もっとよいやり方があるのなら、いつでも聞かせてもらうよ」(抄訳)

(Andrew Higgins)

(C)2015 New York Times News Service(ニューヨーク・タイムズ・ニュースサービス)
http://www.asahi.com/articles/ASH6R63FBH6RULPT002.html

ttps://archive.is/WA8UZ

posted by BNJ at 23:00 | Comment(0) | 海外の鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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