2015年08月21日

鬼平を歩く:江戸・東京今昔/6 根岸の里 風流な江戸の別荘地 /東京【毎日新聞2015年8月21日】(ウグイス放鳥)

 元禄年間(1688〜1704年)、京都から届けられた何千羽ものウグイスが上野・寛永寺から放たれた。寛永寺の歴代貫首(かんじゅ)(住職)は皇族。京の都を懐かしむ貫首が「鳴き声になまりがある」と江戸のウグイスを嫌ったためだ。以来、京言葉のウグイスがさえずるようになった。JRの駅名となった「鶯谷」の由来である。

 鶯谷駅のホームを挟んで寛永寺の反対側は台東区根岸。江戸時代は田園地帯で「根岸の里」と呼ばれ、ウグイスの名所だった。商家の旦那、文人墨客が別荘や庵(いおり)を構え、詩歌や書画、茶の湯を楽しんだ隠れ里だった。

 田畑地なので町奉行所の管轄外。監視の目は緩い。池波正太郎さん(1923〜1990年)の時代小説「鬼平犯科帳」では、別荘で悪事をたくらむ盗賊がいくつかの作品で描かれているが、スリリングなのは第15巻「雲竜剣」。剣客集団の盗賊と長谷川平蔵率いる火付盗賊改方の攻防が根岸で展開される。平蔵が探索の拠点にしたのが実在の寺院・西蔵院である。

 江戸時代、西蔵院のすぐ北側を小川が流れ、夏にはホタルが舞った。西蔵院の西隣の円光寺は藤の名所だった。このあたりは「根岸の里」の一等地。池波さんの時代小説「剣客商売」では主人公の一人、女剣客で老中、田沼意次の娘、佐々木三冬(みふゆ)が住む別荘は円光寺の南に設定されている。

 池波さんの父は根岸でビリヤード場を経営したことがあり、池波さんは一時期、円光寺に近い根岸小学校に通った。当時、根岸小近くにそば屋「鉄舟庵」があった。剣術家で明治の政治家、山岡鉄舟が常連だったことで屋号となった。

 鉄舟庵で生まれ育った大久保幸子さん(84)=文京区千駄木=も根岸小で学んだ。「同級生に作家の有吉佐和子さん(故人)がいた。円光寺近くの広場が人気の遊び場。路地を歩くと洋館もあって風流な所だった」

 池波さんもここで遊んだ記憶が小説の舞台につながったのかもしれない。江戸の古地図を見ると、円光寺と西蔵院に通じる路地の形状は今も変わっていない。明治の外相、陸奥宗光が住んだ洋館も健在だ。

 俳人・歌人の正岡子規も1902年に病没するまで8年半、根岸に暮らした。こんな子規の句がある。「雀(すずめ)より鶯多き根岸かな」。明治になっても根岸はウグイスの名所だったようだ。さらに一句。「妻よりは妾(めかけ)の多し門涼み」。江戸時代、別荘に愛人を住まわせる裕福な町人も多く、こうした別荘は「根岸の寮」と言われた。子規の時代にもその名残はあったのだろう。

 鶯谷駅前にはラブホテルが多いが、これは「根岸の寮」とは関係ない。戦後、東京の遊郭が廃止された結果、上野周辺で連れ込み宿が繁盛し、鶯谷駅前までその波が押し寄せてきたのが、現在のラブホテル街だ。鶯谷駅から言問通りを渡り路地を散策すると、風流な根岸に出合える。【小松健一】

==============

 ■ことば

 ◇根岸の名所

 施設では正岡子規の住居を再現した「子規庵」、昭和の爆笑王・初代林家三平の資料館「ねぎし三平堂」が有名。飲食店では1692年創業の豆腐料理「笹乃雪」、1856年創業の居酒屋「鍵屋」、1925年創業の洋食屋「香味屋」がある。柳通り沿いの路地にはかつての料亭街の雰囲気が残っている。

==============

 次回は「江戸の警察官が住んだ町 八丁堀」です。
http://mainichi.jp/feature/news/20150821ddlk13040200000c.html

ttps://archive.is/zRw4S

タグ:ウグイス
posted by BNJ at 12:01 | Comment(0) | 鳥類コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: