2015年09月26日

コウノトリ放鳥間近、胸弾む里山 福井県越前市白山・坂口地区【福井新聞ONLINE2015年9月26日】

越前市白山地区に飛来し、冬に水を張った「冬水田んぼ」で餌をついばむコウノトリ=今年2月、福井県越前市安養寺町

 3日に行われる国の特別天然記念物コウノトリの放鳥まであと1週間。舞台となる福井県越前市白山・坂口地区の住民は、休耕田をビオトープにしたり、餌となるドジョウの養殖に協力したり、それぞれに動きだしている。これに応えるように飛来する野外の個体。一度は失われた人とコウノトリのつながりが里山で再び結ばれる。

 「どじょう養魚池」。コウノトリのイラストをあしらった看板が、越前市中津原町の山ぎわにある休耕田に掲げられている。同市が試験的に取り組んでいるドジョウの養殖に、今年から集落を挙げて協力。「(稚魚を)放したときは数ミリだったが、今は10センチほどに育った。試しにすくってみたら100匹ほど入ったんや」。区長の山岡登志男さん(66)が声を弾ませる。

 集落の子どもたちが「大きくなってね」と期待に胸を膨らませた稚魚放流は6月だった。以来、山岡さんら住民6人が1週間交代で毎日朝夕の餌やりを担っている。池の中の水草取り、周囲の花壇整備の作業には、さらに10人ほどが集まる。

 同市白山・坂口地区の田んぼには、コウノトリが生きていくための餌が十分にある。でも、田んぼが雪に覆われる時季は餌不足が懸念される。養殖したドジョウの一部は、コウノトリの冬場の餌になることが期待されている。「中津原には昔からドジョウが多く、住民はみんな親しみがあり、積極的に協力してくれる」と山岡さん。「近ごろ集落の田んぼにサギは増えたし、カエルも多くなった。次はコウノトリかな」と笑った。

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 「まさか(コウノトリが)本当に来てくれるなんて」と話すのは山野長太郎さん(68)=同市安養寺町。今年2月、山野さんが休耕田に造ったビオトープに、野外で生息する2羽が舞い降りた。半年以上過ぎても、その感動はさめやらない。

 コウノトリが餌をついばんだビオトープは、共生に向けた環境づくりを進める市の呼び掛けに応じて2012年に造った。「減反で遊ばせておくだけの田んぼが増えている。草ぼうぼうにしておくぐらいなら」と気軽な気持ちだった。

 今年は、オタマジャクシの隠れ場所になるようビオトープのあぜに波板を付けた。「サギに食べられっぱなしじゃ、かわいそうだから」。草刈りなどの手間はかかるが、コウノトリが来て報われた気がした。「やっぱりこういう場所を選ぶと分かった。また来てほしい。せっかくやるんだったら楽しみがないとね」と期待する。

 山野さんのような協力者が増え、同市中野町でコウノトリの飼育が始まった11年から14年までに白山・坂口地区でコウノトリの餌場としてビオトープが新たに約3ヘクタール造られた。坂口地区にある同市エコビレッジ交流センターの指導員、野村みゆきさん(56)は「外来種のタンポポを見分けたり、自分から冬の田んぼに水を張ったり、生き物に目を向ける人が増えた」と、ここ数年の変化に目を見張る。

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 2月に飛来したコウノトリは、白山小の子どもたちの前にも現れた。学校田の収穫感謝祭が開かれており、予定外の「観察会」になった。自分たちでつくった無農薬無化学肥料米のおにぎりを頬張りながら、コウノトリが舞う古里を実感した。

 白山公民館の加藤信之館長(68)は、地元出身の若者が「古里に帰ってきて頑張りたい」と語っていた今年の成人式が、強く印象に残っている。「国際会合で外国から100人近くが白山を訪れ、豊かな自然を認めてもらえた。子どもたちは、コウノトリを通じて得がたい体験をしている」。元気を取り戻しつつある地域に、誇りを持ってくれると確信している。


コウノトリと共生けん引 兵庫・豊岡 中貝宗治市長

 兵庫県豊岡市でコウノトリと共生する地域づくりをけん引してきた中貝宗治市長に、2005年の放鳥開始から10年間の歩みを振り返ってもらった。それは、放鳥を間近に控えた福井県がこれから歩んでいく道のりかもしれない。

   ×  ×  ×

 「コウノトリもすめる豊かな社会」の実現に向けた攻めの10年だった。それは誰も切り開いたことのない社会。とりわけ「コウノトリ育む農法」の普及や収穫米の販路開拓に苦心してきた。社会を変えるには、一部の特別な人がやる農法でなく、コウノトリや環境にさほど関心のない人でも普通に取り組める農法にする必要があったからだ。

 この10年でコウノトリは社会に溶け込み、普通の存在になった。当初は「なぜ農薬を減らさなければならないのか」と感じていた農家が「コウノトリのために」ということで一歩を踏み出したが、今は違う。コウノトリを意識しなくても「これからの農業はこういうものだ」という純粋な思いで、減農薬から無農薬に切り替える農家が現れている。

 コウノトリが普通の存在になる。それは私たちが望んできたことなのだが、共生の実現に向けたエネルギーが失われることでもある。10年前は「コウノトリを空に返す」という明確な目標と「飛んだ!」という感動があった。今は次の目標が見えにくい。

 熱はいずれ冷める。そのときに社会が元に戻ってしまってはいけない。今やるべきは、次世代に「伝える」ことだと考えている。いったんは自然界から姿を消したコウノトリが、誰のどんな努力があって普通の存在にまで戻せたのか。そのときにどんなドラマや感動があったのか。それを知らない人にきちんと伝えなければならない。

 今、若い世代の田園回帰志向が強まっている。都市部の人には地方の豊かさが見えているのではないか。

 豊かさとは「つながり」のことだと考える。豊岡ではコウノトリとのつながりを取り戻す中で、さまざまな立場の人が連携し、つながってきた。そんな豊岡で暮らすことに価値を見いだす人が増えてきた。農家は生き物を育む米づくりを通し、農業に対する誇りを取り戻した。コウノトリは、地方で生きる豊かさを教えてくれている。


 市民の目で 安否を確認 豊岡

 越前市でのコウノトリ放鳥後を見据え、全県的な見守り態勢が必要だ。先進地の兵庫県豊岡市では市民グループ「コウノトリ湿地ネット」が大きな役割を担っている。

 2007年に設立され、会員は約80人。会員によるコウノトリ目撃情報は毎日ホームページで更新され、安否確認に役立っている。

 観察中、けがをしたコウノトリを見つけることもある。しかしコウノトリは種の保存法で移動や捕獲が規制され、兵庫県立コウノトリの郷(さと)公園の飼育員や獣医師、研究員ら限られた人しか救護ができない。ノウハウがない一般の人が近づいて、鳥と人の双方に危険が及ぶ恐れもある。

 「これでは手遅れになるケースが出かねない」と危機感を抱く湿地ネット会員もいる。こうしたことを受け、豊岡市は、現場にいち早く駆けつけた市職員が救護のためにできることはないか、郷公園と協議を始めようとしている。愛情を持って観察に当たる会員の切実な声が行政を動かしつつある。
(コウノトリ支局・伊藤直樹)
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/80376.html

ttps://archive.is/5Vodo

posted by BNJ at 20:57 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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