2015年10月06日

愛媛・伊方原発:再稼働、町議会「同意」 「もう一度、立ち止まって」 福島→愛媛、避難農家が訴え【毎日新聞2015年10月6日】(養鶏)

事務所で資料を作成する渡部寛志さん=松山市東一万町のNPO「えひめ311」で

 愛媛県伊方町議会が6日、四国電力伊方原発3号機の再稼働に同意した。東京電力福島第1原発事故で郷里の福島県南相馬市を追われ、避難生活を送る渡部寛志さん(36)=愛媛県伊予市=は「計り知れない数の人生が台無しにされ、いまだに避難者は苦しんでいるのに……。福島の事故を忘れたのか」とやり切れない表情で語った。

 4年前の3月11日。渡部さんは確定申告のため、福島県相馬市の福祉センターを訪れていた。駐車場で車を降りた瞬間、強烈な揺れに襲われ、隣の南相馬市にある自宅に引き返した。津波は渡部さん宅の約100メートル手前まで迫っていたが、妻と6歳の長女、2歳の次女は無事だった。

 翌日、自宅から約12キロの福島第1原発の原子炉建屋が爆発した。チェルノブイリ事故や茨城県東海村の臨界事故が頭をよぎった。「子供たちを逃がさなければ」。約80キロ離れた福島県郡山市の姉宅に車で向かった。見えない放射性物質に追いかけられているようで「恐怖で背筋が凍り付くような感覚」だった。

 3月末、自宅を見に戻った。飼っていた鶏470羽は、共食いや飢えで150羽以上が死んでいた。「ここで農業は続けられない」。4月初旬、学生時代を過ごした松山市に妻と娘2人と避難した。その後伊予市に移り、農地を借りて農業を再開した。

 この4年半、収穫した農作物を故郷にトラックで届け、県内の避難者らと設立したNPO「えひめ311」代表として、避難者同士の交流会や講演に取り組んできた。伊方原発の運転差し止めを求める訴訟(公判中)にも原告として参加する。自宅は伊方原発から約40キロだが、伊予市の一部は30キロ圏にかかる。

 活動を通して他の避難者も「3月11日をきっかけに苦しみをずっと抱えて生きている」ことを知った。見知らぬ土地での仕事の難しさ。公営住宅の無償提供期限が迫ることへの不安。精神状態の変化−−。「本来なかったはずの人生を強いられ、今なお不安や悩みが絶えない。それが原発事故」

 政府が原発再稼働を推し進めていることに危機感を強める。2人の娘は伊予市の小学校に入学し、新たに長男も授かった。子供たちの未来のために「もう一度、立ち止まってほしい」と訴える。【橘建吾】

 ◇地元でも賛否

 愛媛県伊方町議会が、四国電力伊方原発3号機の再稼働に同意したことに対し、地元からも賛否双方の声が聞かれた。

 再稼働を求める陳情書を提出していた伊方町商工業協同組合旅館民宿部会長の三好富太良(とみたろ)さん(68)は「地元活性化や電気料金抑制につながり、当然の結果だ」と話した。同町九町の無職、畑山萃(あつむ)さん(83)も「過去に大事故は起きていない。早く再稼働を」と期待した。

 一方、同町二見の自営業、上田照美さん(75)は「本音は再稼働反対。事故のないことを祈るだけだ」と言葉少なに語った。町内の別の女性(69)は「原発で生活している人も多く、再稼働はやむを得ない。雇用が他で確保できるなら反対だ」と複雑な胸中を語った。【伝田賢史、渕脇直樹】
http://mainichi.jp/area/news/20151006ddf041040006000c.html

ttps://archive.is/YHM02

posted by BNJ at 21:29 | Comment(0) | 養鶏畜産ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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