2015年11月21日

(フロントランナー)ライチョウ研究者・中村浩志さん 神の鳥を追い、守り抜く【朝日新聞デジタル2015年11月21日】(2部)

標高2750メートル付近。初雪に覆われ、凍りついた乗鞍・大黒岳のハイマツ林にライチョウのつがいが現れた。捕獲用のワイヤを付けた渓流ざおをストック代わりにし、調査のため約2メートルまで近づく=長野県松本市
 8月25日午前11時過ぎ。北アルプス・東天井岳(ひがしてんじょうだけ)の尾根(2800メートル)で、恐れていた事態が目の前で繰り広げられた。

 1頭のニホンザルがライチョウの母鳥とヒナに近づく。カメラを構えた。母鳥は逃げたが、ヒナは動かない。サルはヒナに忍び寄り、手で素早く捕まえた。急いで追ったがログイン前の続き、ヒナは取り戻せなかった。図らずも確認したサルによるライチョウの捕食。調査から下山後、記者会見で訴えた。「サルやシカなど里山の動物が高山帯へ侵入している。早急に食い止めなければ貴重な高山の自然が破壊され、そこにすむ特別天然記念物のライチョウの絶滅に拍車がかかる」

(フロントランナー)中村浩志さん 「鳥の気持ちは誰よりもよくわかる」
 ライチョウの世界的な研究者。遺伝子解析から国内では五つの集団に分かれていること、さらに、冬場は高山帯から森林限界まで下りて群れで越冬するといった未解明だった生態を、次々と明らかにしてきた。信州大学の退職を機に「自分の知識や経験を社会に還元したい」。支援者らに後押しされて10月、長野市に「中村浩志国際鳥類研究所」を設立、代表理事になった。

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 信州大教育学部の学生時代から、故羽田健三教授の研究室で鳥の研究に明け暮れた。1985年、羽田教授が国内のライチョウの生息数を約3千羽と発表した調査では中心メンバーとして高山を歩き回った。その後、カッコウの研究で業績をあげ、ライチョウに戻ったのは2000年、50歳を過ぎてから。調査などで外国を訪れ、ライチョウの中で日本の集団だけが人を恐れないことに気づいた。外国では狩猟対象だが日本では山岳信仰と結びつき、奥山に生息する「神の鳥」として大切にされてきたからだ。

 研究再開にあたり、決心した。亡き恩師はライチョウを神の鳥とあがめて決して捕獲しようとはせず、行動観察から生態を調べた。だが、捕獲し、足輪をつけて個体識別をしないと、生存率や寿命、社会構造などは明らかにならない。

 最初はカスミ網での捕獲を試みたが、ライチョウから丸見えの作戦では効率が悪かった。悩んだ末、趣味の渓流釣りからヒントを得た。伸縮可能な釣りざおの先にワイヤの輪をつけた捕獲器を考案。人を恐れないことからそっと近づき、首に輪をかける方法だ。「わずか数秒で捕獲できるうえ、ライチョウは無傷。最初に成功したとき、『やった!』と叫びました」

 68歳になった今年も、高山を歩き続ける。年間調査日数は、過去最多の約80日にも上った。

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 現在、ライチョウは2千羽弱にまで減少。環境省と連携し、北アルプスの乗鞍岳などで保護に取り組む。日本のライチョウは天敵に襲われたり、悪天候に見舞われたりすることで孵化(ふか)直後の死亡率が高い。習性を利用して親子をケージに誘導して人の手で守ってやり、日中は外で自由に生活させる方法を考案。13年、ケージで守ったヒナは、15羽すべてが無事に育った。

 「ライチョウは自然との共存を基本とする日本文化の象徴です。自然保護のシンボルの鳥を、何としても守り抜きたい」

 (文・近藤幸夫 写真・飯塚悟)

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 なかむらひろし(68歳)

 (b3面に続く)

乗鞍岳の別の場所で調査をした研究の後継者・小林篤さん(左)から報告を受ける=長野県松本市の位ケ原山荘

 ――サルがライチョウを捕食する写真は、全国的なニュースになりました。

 恐れていたことが起き、大変ショックでした。目撃した地域以外でも、サルの「ライチョウ狩り」の習性が広がれば、一段と深刻な状況になります。実際、調査中に現場周辺で見つけた母鳥13羽のうち10羽はヒナを連れていませんでした。少し離れた常念岳周辺では6羽すべてがヒナを連れていましたので、サルによるヒナの捕食はこの地域では常態化しているようです。

 ――ライチョウはなぜ貴重種なのでしょうか。

 ライチョウは、北半球の北極を取り囲む地域に広く分布しています。日本のライチョウは約2万年前、当時は陸続きだった大陸からやって来たと考えられ、現在は世界の最南端にポツンと分布する孤立集団なのです。氷河期が終わって温暖化が進み、本州中部の高山に逃れることで、現在まで生き続けている「奇跡の鳥」なのです。

 ――日本のライチョウだけが人を恐れない?

 2012年7月、長野県松本市で「国際ライチョウ・シンポジウム」が開かれ、20カ国から86人の研究者が集まりました。会議後、乗鞍岳と北アルプスで観察会を開きました。外国の研究者が最も驚いて感動したのは、ライチョウが人を恐れないこと、それから、外国ではとっくに失われた高山植物のお花畑が今も手つかずの状態で残っていることでした。

 ■心配な温暖化

 ――ライチョウが減少した原因を教えてください。

 最も大きな原因は天敵、捕食者の増加です。かつては、イヌワシなどの大型猛禽(もうきん)類や高山に生息するイタチ科のオコジョくらいでした。だが、現在はキツネやカラス、テン、さらにはサルまで高山に入り込み、ライチョウを捕食するようになりました。今後心配されるのは温暖化の影響です。日本最北の生息地である新潟県の火打山(2462メートル)は、北アルプスほど標高が高くなく、温暖化でハイマツの樹高が高くなり、営巣場所や餌となる高山植物が自生する採食場所が目に見えて減っています。

 ――生息環境も大きく変わったそうですね。

 はい。南アルプスが顕著です。シカが高山帯の全域に進出し、お花畑を食い荒らし、ライチョウの生息環境そのものが破壊されつつあります。30年前は南アルプス全体で約700羽だったのが、現在は300羽前後まで減少しています。シカはライチョウを捕食しませんが、今後重大な影響が懸念されます。

 ――なぜ、里山の動物が高山に入ったのですか。

 ハンターの数が減り、シカやサル、クマなどの大型動物が里山で著しく増加したためです。過疎化が進み、大型動物にとって人は怖い存在ではなくなった。かつてのような人と野生動物の緊張関係が壊れ、増えすぎた野生動物が今後は人に代わり、最後に残された高山帯の貴重な自然環境を破壊しようとしています。

 ――子供のころから鳥に興味があったのですか。

 実は高校時代まで考古学少年でした。高校では地歴班に所属して3年生の時に部長を務め、夏休みには縄文遺跡の発掘も手がけました。顧問の先生のすすめで信州大に入りましたが、なんと信大には考古学の研究室がなかったのです。入学式直後に研究室を決めなければならず、やむなく、羽田健三先生の研究室に入りました。その後は、すっかり鳥に魅せられました。

 ――ケージ保護ではライチョウが中村先生の指示によく従っています。

 学生時代から50年も鳥との「会話」を続けてきました。私は複雑な人間関係については苦手ですが、鳥の気持ちは誰よりもよくわかるのです。ケージでの保護は餌付けなどで調教したわけではなく、ライチョウの習性を利用して追い込み、ケージの中に誘導したものです。現地で人工飼育しているわけではありません。

 ■絶滅から救え

 ――ライチョウを絶滅から救う手立ては?

 我々は、絶滅した日本のトキやコウノトリが残した教訓に学ぶべきです。南アルプスでは、城に例えると、今まさに最後の天守閣が炎上している状況なのです。高山帯に侵入した動物の駆除は急務です。対策を講じなければ、日本の貴重な高山の自然と、そこにすむライチョウを次の世代に残せません。ライチョウはまだまとまった数の野生集団が存在しています。数が極端に減ってからでは、いくらお金や労力をかけても遅いのです。まずは野生集団の減少をくいとめ、生息環境を保全すべきです。

 ■プロフィル

 ★1947年、長野県坂城(さかき)町生まれ。69年に信州大教育学部を卒業し、京都大大学院へ。

 ★80年、信大の助手に。羽田健三教授のライチョウ調査を手伝う一方で、カッコウの托卵(たくらん)の研究に熱中する。写真は30代初めごろ、長野市の千曲川河川敷で、発信器をつけたカッコウを手持ちのアンテナで追跡する様子。86年に同大助教授、92年に同教授に。

 ★2000年、長野県大町市で開催された「第1回ライチョウ会議」で議長に選ばれ、ライチョウ研究の再開を決意する。翌年から調査活動を開始し、現在も継続中。02年、カッコウの研究で「第11回山階芳麿賞」を受賞。

 ★12年、長野県松本市で開かれた「第12回国際ライチョウ・シンポジウム」で実行委員長を務め、日本のライチョウの現状と課題を発表。13年には乗鞍岳でライチョウの親子のケージ保護に成功。「生息地での保護方法を確立した」

 ★主な著書に「二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ」(農文協)、「甦れ、ブッポウソウ」「雷鳥が語りかけるもの」(ともに山と渓谷社)。

 ◆次回は、買い物に困っているお年寄りが増える中、軒先まで訪ねる移動スーパー「とくし丸」を運営する社長、住友達也さんの予定です。
http://www.asahi.com/articles/DA3S12075402.html
http://www.asahi.com/articles/DA3S12075308.html

ttps://archive.is/mCmOM
ttps://archive.is/Bwl2Q

posted by BNJ at 13:05 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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