2016年09月10日

「身の始末」ノート/91 シャボテンから小鳥へ/下=足立原貫 /北陸【毎日新聞2016年9月10日】(コザクラインコ)

 両親や兄妹たちは「しようがないよ」と言うだけだったが、私はあきらめきれなかった。「隅田公園にでも行っちゃったのかな、でも、そんなに遠くへ行けないな。この近くのどこかにいるんじゃないかな」。寝床に入っても考えつづけた。

 どこかの家の軒先か電線にでも小桜インコがとまっているかもしれない。登下校の道々や学校にいる間、小桜インコがどこかから飛んでくるんじゃないか、キョロキョロ。落ちつけない日が続いた。

 そうして三日目の夕方、学校から帰ってきた私は、妹と割箸屋の栄ちゃんと三人で町内を一周。路地から路地裏まで歩き、小屋根や物干や植木鉢のかげまでも見て回った。どこも小鳥がいるはずもないようなところだ。

 あきらめて帰ろうと我が家のすぐ近くまで戻ってきたときのこと。横丁の通りをへだてた先、甘納豆屋の向こう隣の燃料店の前でちょっと立ち止まると、「ピッ、ピッ」どこからか聞きおぼえのある小鳥の声がきこえた。

 「あれっ?」と一瞬、ひょいと燃料店の中をのぞくと、受付の机の上に四角い鳥篭(かご)が置いてあり、その中にいるのはまぎれもなく小桜インコだった。

 「あっ、ぼくんちの小桜インコだ!」

 私は大声をあげた。ずいぶん“大胆な”大声をあげたものである。小桜インコは我が家で飼っているものだけではない。よその家に小桜インコがいたからといって「それはぼくんちのだ」なんて言えるものではないだろう。言いがかりをつけるなと、相手にすごまれなかったからよかったようなものだ。

 受付にいた女の人は、私たちに気づいていないかのように、ソロバンをはじいて帳簿づけかなにかの仕事をつづけていた。私たちが鳥篭に近づくと小鳥は、ちょっちょっと首をかしげるような動きをしながらピッピッと鳴く。脚の爪が少しかけている。まちがいないと確信して私は、妹と栄ちゃんと、近くの交番へ走って告げた。

 「お巡りさん! あそこの小桜インコは、逃げたぼくんちの小桜インコなんです」

 お巡りさんは私たちと一緒に燃料店へ行ってくれた。

 「ええ、三日前だったか二階の部屋にとびこんできたので、つかまえて飼ってたんですよ」

 燃料店の女の人の声がお巡りさんの肩越しに聞こえてきた。「あっ、やっぱりそうだったんだ。ぼくんちのインコだったんだ」。私と妹はとび跳ねて喜んだ。

 「そうですか、きっとこの子たちの小鳥にちがいないでしょう。返してやってください」

 お巡りさんと燃料店の女の人は笑顔だった。

 「ヘェー こんなことってあるんだ」

     ◇

 逃げた小鳥は、こうして我が家の鳥篭に戻ったものの、鳴き声は小さくて元気がないように見えた。動きがにぶく、餌もほとんど食べない。そんな様子が伝染したかのように、逃げなかった一羽も急に元気がなくなっていくように見えた。

 そして三日目と四日目に続けて二羽とも死んでしまった。

 もう、ピッピという鳴き声もなく、ぴくりと動きもしなくなった。私は妹と、我が家の屋上庭の桜の樹の根ぎわに、二羽の小桜インコを“埋葬”した。そのときの土のにおいと手ざわりは、それまでに折々感じていた土のにおいや手ざわりとは違っていた。野原での草花摘みや、温室で観葉植物の植えかえのときに触れた土のにおいと手ざわりとは別の“土”を感じた。(あだちはら・とおる NPO法人「農業開発技術者協会・農道館」理事長)
http://mainichi.jp/articles/20160909/ddl/k17/070/326000c

http://archive.is/x87H4

posted by BNJ at 12:32 | Comment(0) | 鳥類コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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