2016年09月26日

ワールド・トレジャー 特派員が選ぶ私の世界遺産 フーラ自然保護区(イスラエル北部) 平和を願う鶴の楽園【毎日新聞2016年9月26日】

毎年秋から冬にかけて、鶴の大群が姿を現すフーラ湖とその周囲の湿地帯。さまざまな野鳥も訪れ、さながら野鳥博物館のよう=イスラエル北部フーラ湖で2016年1月、大治朋子撮影
 これほどの鶴、いや、鳥の大群を見たことがない。観光客らが興奮して何か叫びながら感激の思いを口にしているけれど、その声すらかき消してしまうほどの鶴の大合唱だ。天と地が鶴で埋め尽くされた空間に抱かれているような、不思議な感覚を覚える。

 アジアとヨーロッパ、アフリカの3大陸が出合う中東の一角に位置するイスラエル。その北部にあるフーラ湖と周囲の湿地帯を含む自然保護区は、渡り鳥たちが行き交う交差点のようなところだ。年に2回、約390種、5億羽を超える鳥が飛来する。

 鶴の大群が現れるのは、毎年11月から1月末にかけて。秋季だけでも10万羽以上が飛来し、その約4分の1がこの湿地帯で羽を休めて越冬する。乾燥気候が目立つ中東で、この湖沼地帯には、長旅の補給に必要な食料や水が豊富にある。鶴ばかりではない。ペリカンやムラサキサギ、ブロンズトキ、カワセミなど、数え切れないほどの野鳥を目にすることができる。双眼鏡を手に、まるで自然の野鳥博物館を歩くようだ。

 1930年代、一帯にはマラリアがまん延し、イスラエル政府はこの湖や湿地帯を埋め立てて、畑にしようと考えた。50年代に入って排水が始まったが、生態系の破壊に対する批判が高まり、一部を自然保護区に指定。90年代に本格的な再生が始まり、96年11月には、湿地保存のための「ラムサール条約」の登録地にもなった。渡り鳥が数千年もの間、飛び交い続けた野鳥安息の地は、危うく人間の都合で葬り去られてしまうところだったのだ。

 湖の周囲をぐるりと回るように設けられた約11キロの遊歩道。鳥たちを驚かせたり、排ガスを放つ自動車を乗り入れたりすることはもちろん禁止されている。レンタルの電気カートや2人乗りの自転車などを借りるか、徒歩で回る。

 双眼鏡をのぞきながらだから、ついつい目を奪われ、なかなか進めない。そのうちに、餌付けの時間になった。「特別保護区域」と定められた一角の展望台で、大きな双眼鏡をのぞきこむ。家族だろうか、仲むつまじく餌をついばむ鶴たち。すぐ近くにいるように、大きく見えた。

 管理事務所のイツィクさんが、訪れた人々に渡り鳥の説明をしていた。日本人だとあいさつをすると、意外なエピソードを教えてくれた。「数年前、長崎の市長さんがここに来られたのですよ」。光の祭りとされるユダヤ教のハヌカ祭りの時期。長崎の市民と共に折り鶴2000羽を作り、1000羽をこの地に、残りを長崎に持ち帰ったという。

 「鶴は長崎や広島の人々にとって、被爆して亡くなった人々を思うものなのですよね」。イツィクさんによると、日本人観光客が増え始めたのもちょうどその頃だという。鶴が結ぶ、日本との不思議な縁。今年もまた、大空を優雅に渡る鶴の大群に出会いたい。【大治朋子】

南アから持ち込まれ
 遊歩道を歩いていると、ネズミより大きい齧歯類(げっしるい)のヌートリアがいた。もとは南アフリカを生息地とするが、1950年代に毛皮採取用に持ち込まれた。その後、高温で毛皮の質が悪くなり、多くが野に放たれて自然繁殖したという。

人類初の火の遺跡
 湖畔には、人類が最初に火を使った跡が見られるというベノートヤーコフ橋遺跡がある。イスラエル・ヘブライ大の研究チームによると、約79万年前の地層から見つかった。人類の歴史を物語る遺跡。それを見下ろすように、ゆったりと行き交う野鳥の群れ。湿地をなでるしっとりとした風を感じながら、悠久の時を思うのもまたいい。
http://mainichi.jp/articles/20160926/dde/012/030/007000c

http://archive.is/M1jeG

posted by BNJ at 22:13 | Comment(0) | 海外の鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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