2016年12月16日

森の宝石 ハチドリがはぐくむ天然の薬 | 薬草の森をめぐる地球旅 -医学の源流を訪ねて- | 鷺森ゆう子 | 藤原幸一 毎日新聞「医療プレミア」【毎日新聞2016年12月16日】

ホバリングするハイバラエメラルドハチドリ(学名:Amazilia tzacatl)

エクアドル:アンデスの雲霧林にて

 ペルーでインカ文明の遺跡や森を取材した後、この連載の「アジアから南米へ 伝統医療に氷河期の人類大移動を見る」で紹介したエクアドルのアンデス山脈の高地に広がる雲霧林に帰ってきた。ここでもペルーと同じように、薬草に詳しいガイドを紹介してもらった。彼の名前はセニョール・ペドロ。アンデス先住民とスペイン人の血を受けつぎ、50年以上ずっとアンデスの森で暮らしている。

 ペドロに原生の森、雲霧林を案内してもらった。深い森に入ってすぐに、ものすごいスピードで目の前を何かが飛んで行った。虫?と思いつつ飛んで行った方向を見ると、まるでハチのような羽音を鳴らし、空中で静止する「ホバリング」をしながら、花の蜜を夢中になって吸っていた。その正体は何と鳥だ! 南北アメリカ大陸とカリブ海諸島だけに生息する、ハチドリだった。ハチドリは、全338種が知られており、ここエクアドルの雲霧林からアンデス山脈東側のアマゾン源流にまたがる地域にはそのうち約200種が生息している。まさに多種多様なハチドリの楽園とも言うべき豊かな森だ。ちなみにハチドリは寒冷地を好まないようで、南極圏に近くなるチリ南部やパタゴニア地方には、わずかに8種しか生息していない。


まるで宝石に翼が生えているようなハチドリ

 「このベルベナ(クマツヅラの仲間。日本ではバーベナという名前で園芸種として売られている)の花はハチドリが大好きで、毎日蜜を吸いにきていますよ」とペドロが話しだした。その話が終わらないうちに、ハチドリがやってきた。直径4mmほどの小さな薄紫色の花に、赤いくちばしでそっと触れているのはハイバラエメラルドハチドリだ。頭から胸にかけてエメラルドグリーンに輝き、まるで宝石に翼が生えているようだ。ハチのように羽を小刻みに動かし、一心不乱に蜜を吸っている姿が、とてもかわいらしい。


 ベルベナは中南米に多く分布し、約200種ある。アンデスのハチドリたちの栄養源であり、人間の薬としても使われていた。根や花など全ての部分にベルベナリンという配糖体(糖と糖以外の物質が結合した化合物)を含み、その効果でアンデスでは消炎や止血のために使われている。一方、中医方(中国医学)では、通経(月経を促すこと)や黄だん、下痢、水腫、婦人病などに用いられる。

日本でも人気の園芸種の仲間が解熱剤に


 100mほど森の奥に入ると、今度は鮮やかな赤色の細長い花に、くちばし全部を入れて蜜を吸っているミドリトゲオハチドリがいた。体長7〜10cmほどの小さなハチドリだ。頭まで花に突っ込んでしまいそうな勢いに、つい笑ってしまう。吸っている花はラッセリア。先住民は下痢止めやマラリアの治療薬として使っていた。

 森が少し開けて太陽光がよくあたる場所に、5mもの高さに成長したリャーマン・チュンガユユの林があった。リャーマン・チュンガユユはキチュア語で、和名ではセイヨウフウチョウソウという花の仲間だ。その蜜を吸いに来たニジハチドリ。長く伸びた茎の周りに生えている小さな葉に止まり、じっくりと蜜を吸い始めた。本来はホバリングの姿が美しいのだが、やはり彼らも楽な方法を選ぶようだ。セイヨウフウチョウソウは、日本でも園芸種で出回っている。ガイドのペドロによると、アンデスではアリに皮膚をかまれた時の治療用や、根も含めた全ての部分を煮て解熱作用のあるお茶として使われるという。


トランペット形の花に戯れる特別な鳥

 花の長さが20cmほどもある、大きなトランペット形の赤い花が、森の中で存在感を示していた。ペドロが「この花には特別な鳥がきますよ」といってほほ笑んだ。「花の基部にある蜜を吸うには、かなり長いくちばしと舌が必要なはず」と連想した。ならば待ってみようと思い、近くの大木に隠れてワクワクしながらハチドリが現れるのを待った。


 30分ほどでその時がやってきた。「あ! 来た!」心の中で思わず叫んだ。今まで見たこともない大きなハチドリがゆっくりと飛んできた。なんと全長20cm以上もあり、頭から尾羽の先までよりも長いくちばしを持っている。ヤリハシハチドリだ。トランペット形の大きな花の前でホバリングを始めた。その優雅さと大きさに驚嘆し、見とれていたが、ハチドリは木に隠れていた人間に気づいてしまったのか、すぐに逃げ去ってしまった。「感動で、まだ胸がバクバクしていますよ」とペドロに言うと、「全長が数cmから20cm以上もある、いろいろなハチドリがこの森で暮らしているんですよ」とうれしそうに笑った。


 ヤリハシハチドリがやってきた植物はワント・グアンド(和名:ベニバナキダチチョウセンアサガオ)と呼ばれる。ペドロは「この植物や近縁種のフロリポンディオ(和名:キダチチョウセンアサガオ)は、花の中に幻覚を起こす成分があるけれど、私たちは薬として使ってきました」と言う。やにわにナイフを取り出してワント・グアンドの幹を切り始め、「森を歩いていて、とげが刺さったときや、すり傷が化膿(かのう)して腫れたときは、幹の皮をはいで中身を出して患部に当てます。その上を葉や包帯などで巻いておくと、翌日にはとげが取れて腫れも治まります」と実演してくれた。


毎日サッカー場3000個以上分の森が破壊されている

 ハチドリのくちばしの形は、蜜を吸う花の形状に合わせて進化してきたとされる。また植物の中には、授粉してくれるハチドリの形態や行動に合う形で進化してきた種が知られている。もしハチドリが滅んでしまうと、受粉が困難になる植物があり、その植物も絶滅への道を歩むことになる。植物は受粉を通してハチドリの恩恵を受け、人間はその植物から薬として恵みを得ているのだ。


 取材をしたアンデス雲霧林からアマゾン川流域には、たくさんの生きものたちが暮らす豊かな原生の森がある。しかしブラジル国立宇宙研究所などによる人工衛星からの調査によると、その森は1日にサッカー場3000個以上に相当する面積が、切り倒されているという。ものすごい破壊のスピードだ。破壊された森は、肉牛のための牧場や、大豆、サトウキビ、トウモロコシ、アブラヤシなどの畑に替えられてしまう。それらの森の再生はハチドリや昆虫の授粉に頼っている現実があるにもかかわらず、今ではすべてのハチドリの10%を超える30種以上が、生息地を失って絶滅の危機にさらされている。

鷺森ゆう子
メディカル・ハーバリスト
さぎもり・ゆうこ 神奈川県生まれ。動物専門学校看護科卒。日本大学英文学科卒。1994年より動物病院で獣医助手として勤務する傍ら、環境保護のNGOに携わる。海洋環境保護イベントの開催や、中米ベリーズ・エコツアーに参加し、マヤ人の智恵を生かしたナチュラルメディスンに触れ、自然の薬により関心を持つ。このような体験を会報誌へ執筆する。95年から1年間、東アフリカのケニアにて動物孤児院や、マサイ族の村でツェツェフライコントロールプロジェクトのボランティアに参加する。帰国後は再び環境NGOなどに関わりながら、国内での環境教育レクチャーや、中米グァテマラの動物孤児院にてボランティア活動を行うなど、野生生物と人との共生について探求する。06年からフリーで野生生物の生きる環境や、世界の自然医療の現場を巡る。

藤原幸一
生物ジャーナリスト/NATURE's PLANET代表
ふじわら・こういち 秋田県生まれ。日本とオーストラリアの大学・大学院で生物学を学ぶ。現在は、世界中の野生生物の生態や環境問題、さらに各地域の伝統医学に視点をおいて取材を続けている。ガラパゴス自然保護基金(GCFJ)代表。学習院女子大学非常勤講師。日本テレビ「天才!志村どうぶつ園」監修や「動物惑星」ナビゲーター、「世界一受けたい授業」生物先生。NHK「視点論点」「アーカイブス」、TBS「情熱大陸」、テレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」などに出演。著書は「きせきのお花畑」(アリス館)、「こわれる森 ハチドリのねがい」「森の声がきこえますか」(PHP研究所)、「マダガスカルがこわれる」(第29回厚生労働省児童福祉文化財、ポプラ社)、「ヒートアイランドの虫たち」(第47回夏休みの本、あかね書房)、「ちいさな鳥の地球たび」(第45回夏休みの本)「ガラパゴスに木を植える」(第26回読書感想画中央コンクール指定図書、岩崎書店)、「オーストラリアの花100」(共著、CCCメディアハウス)など多数。
http://mainichi.jp/premier/health/articles/20161215/med/00m/010/011000c

http://archive.is/aljEH

posted by BNJ at 22:03 | Comment(0) | 海外の鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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