2008年01月03日

朱鷺色の空に 2008初放鳥 放鳥を前に/1 繁殖地の自然環境 再生事業に難問山積 /新潟【毎日新聞2008年1月3日】

 「トキを増やしてどうするんだ」

 「(自然界に)放します」

 「ならばどこに放すんだ」

 「佐渡です」

 1979年11月。当時、野生のトキ5羽が国内で唯一生息していた佐渡島で行われた、環境庁(当時)主催の「地元説明会」。佐藤春雄・両津高校教諭(当時、現佐渡とき保護会顧問)は、環境庁の担当官にけんか腰で詰め寄った。

 この時期、国はトキを自然界で繁殖することをあきらめ、捕獲して人工繁殖する方針を決めていた。減反で中山間地の棚田が姿を消すなど、「生息できる環境がないから捕獲する」と大義名分を掲げる国に対し、佐藤さんは訴えた。「将来の佐渡に、そうした環境があるというのか」。担当官から答えはなかった。

    ◇     

 国主導の全鳥捕獲は81年1月に終了、佐渡の空からトキは消えた。5羽は佐渡トキ保護センターで飼育されたが、繁殖に成功することはなかった。それから28年。国は今秋、トキを自然放鳥する。

 国の08年度予算編成で、環境省はトキなど希少野生生物の野生順化に関する事業費として1億円を要求した。だが、政府案に盛り込まれたのは2割減の8000万円。財務省主計局の担当者は「費用対効果が本当に出るのか、ということが重要だ」と指摘する。財政難の折、政府全体に放鳥に向けたコンセンサスがあるわけではないのだ。

 しかし、環境省の担当官は「お金で計りきれない価値だってある」と弁明し、県の担当者も「日本の環境再生の象徴として佐渡の自然の価値を高めると思いたい」と話す。

 環境省と県は03年、学識経験者の意見を基に「15年までに60羽のトキを小佐渡東部に定着させる」とした環境再生ビジョンを策定。逆算すると、個体数が100羽を超える08年ごろには放鳥を始めなければならないといい、これが今秋実施の根拠になった。

    ◇     

 個体数の増加はビジョンの通りになったが、放鳥されたトキが暮らせるだけの環境は十分だろうか。農林水産省が5年ごとに実施する「農業センサス」によると、佐渡島の水田面積は全鳥捕獲前の80年、9035ヘクタールだったのに対し、05年には7395ヘクタールにまで減少。この間、3万2184人いた農業従事者も、半数近い1万7097人に減った。

 佐藤さんは考える。「トキが再び佐渡を飛び回れば喜ばしい。しかし。この間、繁殖地の自然環境は良くなったのだろうか」

 「ニッポニア・ニッポン」の再生をかけた一大事業の前に、難問が横たわっている。(つづく)

 ×  ×  ×  

 今秋、トキが約30年ぶりに佐渡の空に帰る。トキ保護の歴史を振り返りつつ、将来の課題を見つめていきたい。

ことば「ニッポニア・ニッポン」
 江戸時代、日本に滞在したオランダ人医師、シーボルトが持ち帰ったトキのはく製を調べた同国立博物館が1835年、新種として「アイビス・ニッポン」と学名を付けた。その後、「ニッポニア」属(トキ属)に含まれることが分かり、1871年、大英博物館が「ニッポニア・ニッポン」と改めた。
http://mainichi.jp/articles/20080103/org/00m/040/999000c

http://archive.is/nTEaf
朱鷺色の空に 2008初放鳥 佐渡舞う姿夢に 野生復帰へ期待 /新潟【毎日新聞2008年1月1日】

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