2017年03月13日

「渡辺佑基 バイオロギングで海洋動物の真の姿に迫る」第15回 海氷の消えた南極とアデリーペンギン【ナショナルジオグラフィック日本版ニュース2017年3月13日】

クロマグロの平均スピードは時速7キロ。マンボウの泳ぎ方はペンギンそっくりだった。ペンギンは1時間に160回もエサを捕まえるなど、「バイオロギング」という手法を駆使して、世界の海洋動物の自然な姿を魔法のように次々と解き明かしてゆく渡辺佑基さん。2015年もオーストラリアのサメをはじめ、さまざまな調査を計画している。さて次は、どんな動物の話が飛び出すか――。

青い海に浮かぶ氷山。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)

 昨年の12月24日、ヘリコプターから降りて5年ぶりに南極の土を踏みしめたとき、私は目の前に広がる景色にギョッとした。氷がない。海を厚く覆っているはずの白い海氷が、今シーズンはすっかり姿を消し、青々とした海面が露出している。ちゃぷちゃぷという波音が絶えず聞こえてくるのも、異様な感じがした。いつもなら氷が海に蓋をして波を打ち消し、静寂の世界をもたらしているからだ。遠くに浮かぶ氷山さえなければ、伊豆や三浦あたりと錯覚するほどの、平凡で平和な海がそこにはあった。

 早速、アデリーペンギンの集団営巣地を訪れてみると、子育ての真っ最中だった。無表情で直立している親ペンギンの足元に、ヒヨコを灰色に染めたような雛がちんまりと座り、ヒーヒーと鳴いて餌をねだっている。隣の巣では親ペンギン同士が向かい合って上空を見上げ、けたたましく鳴き交わしている。


アデリーペンギンの親子。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)

 それはいつもと変わらぬ光景に見えた。全体の巣の数も、例年に比べてとりわけ多くもなく、また少なくもなかった。しかしペンギンは海で獲物を取って生活している。今シーズンたまたま起こった海氷の大規模な流出が、ペンギンの生活に影響しないはずがない。では、いま目の前にいるペンギンたちに、いったい何が起こっているのだろう。

 そして40日間にわたる長い野外調査が始まった。


アデリーペンギンと筆者。(撮影:武隈周防)

 調査が始まって私が最初に気付いた変化は、体重だった。私たちはペンギンの体重測定のために、二種類のばねばかり――5キロまで測定可能なタイプと10キロまで測定可能なタイプ――を持って来ていた。私の過去の経験によれば、アデリーペンギンの体重測定は5キロタイプのばねばかりで大抵事足りる。ところが今シーズンに限っては、5キロ超えのペンギンが続出し、10キロタイプのばねばかりが頻繁に登場した。端的にいって、今シーズンのペンギンは太っていた。

 次に、ペンギンの背中にGPSを取り付けて測定した移動経路も、例年とはパターンが違った。例年、ペンギンたちは巣を出発すると、氷上を歩いて移動し、氷の割れ目を見つけ、潜水して獲物を捕えた のちに、また氷上を歩いて帰ってくる。いっぽう今シーズンのペンギンは、巣を出るや否や目の前の海にじゃぼんと飛び込み、すいすいと泳いで、例年よりもはるかに広い範囲を短時間で探索していた。

ペンギンは時折、天空を仰いでけたたましく鳴く。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)

 さらに、ペンギンに取り付けたビデオカメラの映像にも、歴然たる違いが見られた。いつもなら、青く透き通った美しい海中の様子が映し出されるのだが、今シーズンの映像に映っていたのは、東京湾と見間違うような濁った緑色の海だった。海氷が流出してむき出しになった海面に、日光がさんさんと降り注ぎ、植物プランクトンが大発生したためである。植物プランクトンが増えれば、それを食べるオキアミも増える。実際、今シーズンに撮影した「ペンギンビデオ」には、大粒のオキアミを次々と、大量に捕らえていくペンギンの様子が映し出されていた。

 最後に、雛の生存率と成長速度も違っていた。アデリーペンギンの雛は例年、その多くが巣立ちを迎えることなく死亡する。親ペンギンの持ち帰る餌の量が不十分で、餓死することもあるし、餓死する前に体力が弱り、トウゾクカモメに捕食されることもある。ところが今シーズンは、餓死する雛が一羽もおらず、しかも体重の変化を見ると、例年にないペースですくすくと成長していた。


ペンギンの巣の前には海氷がなく、海面が露出している。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)

 つまり今シーズンは、たまたま起こった海氷の流出により、ペンギンにとって極めてハッピーな環境が整ったようである。ペンギンは氷のない海を自由にすいすいと泳ぎまわり、豊富な植物プランクトンが育てたオキアミの群れを腹いっぱい食べていた。そして餌をたっぷり巣に持ち帰り、雛はすくすくと育っていた。

 私にとって興味深いのは、今回見られたアデリーペンギンの環境応答が、北極のホッキョクグマのそれと対照的だということだ。北極では温暖化によって海氷が減少し、ホッキョクグマが十分に餌のアザラシにありつけなくなって、体重を減らしている。痩せるホッキョクグマと太るペンギン――極地における海氷の減少というイベントが、野生動物に対してまるで逆方向に作用しているのである。

 ただしこの解釈にはいくつか注意が必要である。第一に、今回述べたことは、野外調査を終えたばかりの現段階(2017年2月21日)で私が胸に抱いている印象であって、データに基づいた厳密な解釈ではない。詳細なデータ解析と統計処理をした後に、修正せねばならない事柄もいくつかあるかもしれない。


「しらせ」の近くにやってきたアデリーペンギン。(撮影:渡辺佑基/協力:ニコンイメージングジャパン)

 第二に、私たちの目撃した海氷の流出は、ローカルな気象条件によって引き起こされたローカルな現象であって、南極大陸全体で同様の変化が生じているわけではない 。別の言い方をするのならば、今回の私たちの調査結果がどこまで一般化できるのかは、現段階ではよくわからない。南極大陸全体の環境変動や、ましてや地球規模で進行している温暖化とは、いまのところ切り離して考えるのが安全だろうと私は思う。

 私は現在、昭和基地を離れてオーストラリアに向かう途中の南極観測船「しらせ」の船上でこの原稿を書いている。帰国次第、データの解析をすすめ、今回のこのエキサイティングな調査結果を論文にしたい。そしてそれができたあかつきには、またこの連載で内容を紹介したいと思う。

つづく
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150204/434322/031000017/
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150204/434322/031000017/?P=2

http://archive.is/8vzo6
http://archive.is/WJzc7

posted by BNJ at 12:05 | Comment(0) | 海外の鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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