2017年03月18日

野生復帰とは <なぜトキやコウノトリなのか>三浦慎悟・早大教授に聞く(上)【毎日新聞2017年3月18日】

滋賀県東近江市に飛来した(左から)千葉県野田市、兵庫県豊岡市、福井県越前市で放鳥された3羽のコウノトリ=2017年3月14日、金子裕次郎撮影
 兵庫県豊岡市で世界初のコウノトリ放鳥が行われて今年で12年、新潟県佐渡市で行われたトキ初放鳥から9年。それぞれの地元では、コウノトリやトキが舞う姿は日常の一コマとしてとらえられるようになった。絶滅に追い込まれたコウノトリやトキは、再び大空に戻っただけではなく、人々の暮らしの中にもよみがえったといえるだろう。さらに、コウノトリは千葉県野田市や福井県でも放鳥され、トキも石川県や新潟県長岡市、島根県出雲市で分散飼育が進められるなど、第2、第3の生息拠点を作るための準備も進んでいる。

 しかし、地元以外では「私たちとは関係のない話」「熱心な地域が頑張っているだけ」というとらえ方も少なくない。コウノトリ、トキの野生復帰事業は、よくある「いなかのちょっといい話」でいいのだろうか。

 新潟大学でトキの野生復帰に取り組み現在は早稲田大学人間科学学術院人間環境学科に移った三浦慎悟教授は、「絶滅生物を野生復帰させることは“特別な地域”の“特別な物語”ではない」という。三浦教授にお話をうかがい、三つの質問に答えていただく形でまとめてみた。まずは、<なぜトキやコウノトリなのか>。【まとめ・青木浩芳】


野生下で生まれ育ったトキ同士のつがいから誕生し、巣立ちしたひな=新潟県佐渡市で2016年6月1日(環境省提供)
 野生復帰とは、一度失われた生物をよみがえらせるために、私たちが可能な範囲で努力して生息環境をつくり直し、再び自然に返すこと。ニホンアシカやニホンオオカミ、ニホンカワウソ、リュウキュウカラスバトなど日本固有の絶滅種は数多いが、トキやコウノトリは地域のシンボルや象徴となりうる種であり、「もう一度人間が一緒に暮らしてもいい」種といってもいいのではないか。

 しかし、ただ人工的に卵からかえして育てた鳥を野に放つことができれば野生復帰成功、という話ではない。生物の種はそれぞれネットワーク構造を持っており、野生復帰とは失われた種のネットワーク構造をゼロから作り直すことだ。自力で餌を探し繁殖できるような環境をつくったうえで、天敵や環境の激変に直面しても生き残れるだけの十分な個体数を維持できなければならないのだ。

 野生復帰とは、絶滅した種そのものを自然に返すことでなければならない。近縁種であっても別の種を野に放ってはならない。絶滅したニホンオオカミは大陸のオオカミとは別種なので、ニホンオオカミ自体を野生復帰させることはほぼ困難だ。近年、農産物被害が深刻なシカなどの頭数を減らすために「オオカミの野生復帰を」と主張する声もあるが、大陸の種を日本国内に定着させることは、外来種を導入することになる。それ以前に、オオカミがよみがえると本当にシカが減るのか、という点で疑問も残る。米イエローストン国立公園では、シカ科のエルク(ムース)の食害が深刻だったため絶滅したオオカミを再導入したが、エルクの個体数は激減せず、群れが外に広がっていったという研究もある。

 ニホンカワウソもかつて日本全国にいた。韓国のカワウソと同一種とされ、韓国から連れ帰って日本国内に定着させても遺伝子上の問題はない。ただしこちらは、今の日本の生態系の中で餌をとり続けていけるかどうかが問題になる。カワウソの成獣は魚を1日2〜3キロ食べるほど旺盛な食欲があるのに、かつて餌場だった河川は改修が進み、ザリガニや魚などを育む力を失っている。もしカワウソを飼育下で安定的に増やせるようになったとしても、野に放ったとき、餌をとれる環境はもはや残っていないのだ。

 それではトキは野生復帰に適しているのだろうか。ルーツは中国から贈られた3羽で、当初は研究者の間でも「中国のトキを日本の空に放っていいのか」と疑問視する声が上がっていた。その後、研究が進み、日中のトキはDNAの塩基配列上0.0006%しか差異がないことが突き止められた。0.5〜1.5%の差異で亜種、2〜5%の差異で別の種とされているので、中国産のトキも日本産のトキも同種といえる。トキが最後まで暮らした佐渡には、かつての環境がそれほど姿を変えず残っていたことも好条件となった。


雪原で「求愛ダンス」を踊るタンチョウのペア=北海道鶴居村の鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリで、手塚耕一郎撮影
 新潟大農学部付属フィールド科学教育研究センター教授に赴任した2003年からトキの野生復帰に関わるようになった。最大の課題は、「放鳥後、トキは餌を食べていけるのか」という点だった。大規模化、低コスト化のためにほ場整備された水田は冬の間、水をぬく。水がなければ、トキの餌となる水生生物の大半は死んでしまう。過疎化、高齢化で耕作放棄地も増えている。治水事業で河川のコンクリート水路化も進んだ。一日ドジョウ25匹以上、年間70キロ以上近くの餌を食べるトキは、果たして佐渡で暮らしていけるのか。

 佐渡では伝統的に、水田の一部に深い溝を掘って水を残す「江(え)」が造られてきた。「江」に水が残れば、フナやドジョウは卵を産むことができるし、多くの水生昆虫も繁殖できる。もともとは、冷たい地下水を温めたり排水であぜが削られないために造られたものだが、冬季のトキの餌場として注目し、「江」の整備に対して優遇措置を設けられるよう、佐渡市などに働きかけてきた。

 雪が多い佐渡はミネラル豊富な水に恵まれ、新潟産コシヒカリに次ぐ高品質米の産地でもあった。トキが舞いトキの餌となる水生生物もいる、そんな水田で収穫した、トキの名を冠したブランド米を育てるために、農家や農協とも膝詰めで議論を重ねた。農薬や化学肥料を減らすと、害虫や雑草が増え農家の負担は重くなるため、トップダウンで強制できることではなかった。一方で、手間がかかる分高価にはなるが、他産地との差別化につながることも理解してもらえるようになった。そして、佐渡の「朱鷺と暮らす郷」や豊岡の「コウノトリ育むお米」など、ブランド米の認知度も上がりつつある。

 トキやコウノトリは長い間、「田を荒らす害鳥」といわれ続けてきた。しかし、最近の研究では「田植え直後に踏まれた苗の数より、田植え機の欠株の数の方が多い」「欠株がある方が周囲の苗が育つ」という結果も出ている。最近は、「ウチの田んぼにトキが来た」と喜ばれたり、「どうしたら来てくれるだろうか」と相談されたりするくらい、意識も変わってきている。

 

 トキやコウノトリが持つポテンシャルは大きい。米作り、すなわち環境作りのシンボルであるとともに、観光資源としての役割、地域に住む人々の誇りの醸成にもつながっている。大空を羽ばたく姿は、経済一辺倒で疲弊した地方都市に新しい価値観をもたらすシンボルでもあるのだ。


小笠原諸島・聟島で誕生したアホウドリのひな(中央下)。成鳥のくちばしの先にいる=1月16日(東京都提供)
 生物多様性に話を戻す。地球という“いのちの星”はある程度のダメージであれば復元する力を備えているが、人類が不可逆系(以前の環境に戻すことができないような劇的な変化)を引き起こすと、地球は傷ついたまま元に戻れなくなる。特に、大型の生物を絶滅させることは、食物連鎖の一部を失い生命の循環を途切れさせることであり、不可逆系を作ることに限りなく近いともいえる。生物多様性を学ぶものにとって、失われたものを修復していく作業は最も大切な課題であり、人類としての義務でもある。生物多様性条約のなかでは野生復帰は締約国の義務であることをうたっている。かつてのトキやコウノトリの生息地として、日本は失われたものの修復を果たすべき責任を負っている。(つづく)


三浦慎悟・早大教授
三浦慎悟(みうら・しんご)
 早稲田大学人間科学学術院人間環境学科教授。理学博士(京都大学)。1948年生まれ。東京農工大学大学院農学研究科修士課程修了。兵庫医科大学医学部、森林総合研究所、新潟大学農学部を経て現職。前日本哺乳類学会会長。著書に「日本の哺乳類」(共著、東海大学出版会)、「哺乳類の生物学C 社会」(東京大学出版会)、「ワイルドライフ・マネジメント入門」(岩波書店)など。動物行動学、野生動物保全管理学を専門とし、フィールドワークで明らかになる野生動物の生態や行動を、保全と管理に役立てることをライフワークとしている。
http://mainichi.jp/articles/20170317/mog/00m/040/001000d

http://archive.is/dTPAI

posted by BNJ at 11:17 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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