2017年03月29日

三井三池炭鉱 閉山から20年、見守り続けた元炭鉱マン【毎日新聞2017年3月29日】(ベニアジサシ)

 石炭産業を支えてきた福岡、熊本両県にまたがる三井三池炭鉱が30日、閉山から20年を迎える。操業124年で幕を閉じた国内最大規模のヤマは、2015年に宮原坑などの関連施設の世界文化遺産登録で再び脚光を浴びた。一方で、海上にひっそりと浮かぶ関連施設は野鳥の貴重な繁殖地となっている。島に舞い降りる鳥を、閉山後も見守り続けて来た元炭鉱マンがいる。

 島は、坑内に空気を取り入れる吸気口を設けるために造られた三池島で、直径90メートルの小さな人工島だ。海を渡る野鳥にとっては、羽を休める絶好の島。熊本県荒尾市の元炭鉱マンで日本野鳥の会熊本県支部所属の安尾征三郎さん(77)は、閉山後もずっと約6キロ沖の三池島で野鳥の繁殖調査を続けている。

 地下520メートルで救った9羽の野鳥との出会いが、きっかけだった。1993年7月、坑底で見た光景を鮮明に覚えている。坑内電気工の保安員として巡回中、三池島の立て坑の底は腐臭がし、鳥の死骸が散乱していた。

 炭鉱マンの命をつなぐ三池島の直径6メートルの吸気口は、秒速9メートルで空気を吸い込む。近づいた鳥が坑底に吸い込まれれば、二度と戻ることはできない。仲間からは聞いていたが、目を疑う惨状だった。「バタ、バタッ」。転がる死骸の先に弱った鳥がいた。生きていた9羽をビニール袋に入れて地上に上がった。

 保護した鳥を荒尾干潟に放した時、飛び立つ姿がうれしかった。それからだ。「名前ぐらいは知りたい」と本を買い、巡回のたびに保護した鳥の名前を調べた。55歳の定年までの10カ月間、仲間と保護した野鳥は16種類140羽。その中に準絶滅危惧種のベニアジサシも確認し、北限が鹿児島県徳之島という定説を覆した。

 18歳だった1963年には三川坑での炭じん爆発で458人が死亡。その後も事故で仲間たちが命を失った。閉山後、空気を吸い込むことのない島では毎年、約600羽のベニアジサシが確認されている。調査で島に渡るたびに思う。「仲間の死と野鳥の命が重なって仕方がなかった。この下に歴史が封じ込められている」。豪州で越冬したベニアジサシが5月に訪れる。命がけで6500キロを渡ってくる鳥たちとの再会を心待ちにしている。【井上和也】

 【ことば】三井三池炭鉱 福岡県大牟田市と熊本県荒尾市にまたがる国内最大規模の炭鉱。最盛期には2万人超の従業員がいた。1959〜60年には「総資本対総労働の対決」といわれた三池争議が起きた。63年の三川坑炭じん爆発事故は死者が458人に上る戦後最大の炭鉱事故。97年に閉山。2015年7月には関連施設が世界文化遺産に登録された。(共同)

http://mainichi.jp/articles/20170330/k00/00m/020/068000c

http://archive.is/2ycXt

posted by BNJ at 21:32 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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