2017年05月25日

美を継ぐ 上村三代 <10>人生には限りがある【読売新聞2017年5月25日】(コマドリ/ケリ)

「間之町(あいのまち)の家」で、金魚が泳ぐ水槽を前にスケッチをする松篁(左)と、松園。2人の絵描きならではの真剣なまなざしが、淳之にも影響を与えた(1930年頃、松伯美術館提供)
 奈良・平城山の「唳禽荘れいきんそう」で飼っている鳥は200種1000羽を超える。毎朝、淳之は様子を見て回る。

 ここ1年、この日課を大儀に思うことが増えた。「不摂生が過ぎたか」と気にとめなかったが、知人の勧めで渋々、検査を受けた。早期の胃がんが見つかり、4月に手術した。

 画室での生活が当たり前だったから、絵の道具がないと落ち着かない。病室にスケッチブックと色鉛筆を持ち込んだ。

 「記憶の中の鳥を描こうと思ってな」。水浴びをするコマドリ。朝もやにたたずむケリ。花鳥画への扉を開き、悩んでいた余白表現の手がかりをくれた、胸中に棲すむ鳥たちを。

 松園も松篁も、絵一筋、持ちうる時間すべてを創作に充てた。2人の画室は中庭を挟んで向かい合い、夜更けに松園の仕事場の灯がついていると、松篁は「そんなきつうやったらあきませんで」と声をかけた。返事は決まって「もうちょっとだけ」。「それならば、と負けずに筆をとったもんや」と松篁が度々、言っていた。

 淳之もいつしか「24時間、絵のことを考え、極めるのが絵描きや」と考えるようになっていた。なのに、入院中、「記憶の中の鳥」は1枚も描けなかった。

 「こんな無機質なところにおったら感覚的にも情緒的にも心揺さぶられることがあれへんし、気力が失うせる。早よ出て仕事せな」

 84歳。98歳で天寿を全うした松篁には及ばないが、松園が生きた74の年は、とうに超えた。「人生には限りがある」。思いもよらない病に初めての手術を経験し、切磋琢磨せっさたくまする祖母と父の姿を心に浮かべ、強くそう思った。

 「残された時間でせなあかん仕事は何か、よう考えんと」。退院したその日のうちに画室へ戻り、秋の個展に出す描きかけの大作に向き合った。「これからまた精進の日々や」

(木村未来、敬称略)

 ◇次回は6月中旬に掲載する予定です。
http://www.yomiuri.co.jp/local/kyoto/feature/CO029414/20170524-OYTAT50000.html

http://archive.is/12QnI

posted by BNJ at 11:23 | Comment(0) | 鳥類一般ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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