2017年06月15日

美を継ぐ 上村三代 <11>鳥と暮らし鳥と語らう【読売新聞2017年6月15日】

タンチョウを観察する淳之。体験として生態を知ることが、花鳥画の豊かな表現につながる(奈良市山陵町で)
 梅雨から初夏にかけて、多くの鳥が繁殖期を迎える。奈良・平城山の「唳禽荘れいきんそう」でも、エリグロセイタカシギが卵を抱き、ジョウビタキのオスが求愛のさえずりをしながらメスを追う。

 絵描きになることに反対した母との折り合いに悩んだ淳之あつしが、「間之町あいのまちの家」を出て移り住んだのは、京都市立美術大(現市立芸術大)1年生の6月だった。疎開のため晩年を過ごした祖母、松園しょうえんが1949年に亡くなり、空き家になっていた。

 木津川市と奈良市境に広がる丘陵地にあり、様々な鳥がいた。「鳥が鳴く家」を意味する名はこれに由来し、今では200種を超える1000羽余りを飼う。

 4万平方メートル近い敷地に、大小50棟ほどの小屋。木を植え、砂地や水辺を配して、繁殖しやすい環境を整えた。東京の上野動物園などからも専門家が見学に訪れる。

 淳之がタンチョウの小屋に入ると1羽が近寄ってきた。同じ目線になるようひざを折って観察し、体調を確認する。「コー」。鳴き声が響いた。負けまいと他の鳥も一斉にアピールする。「生存競争や」。小屋を出ようとする淳之を追ってタンチョウが網目からくちばしを出した。「もっと、かまってほしいんやな」

 日常の世話は4人の飼育係に任せているが、鳥と語らう時間をできるだけ持つように心がけている。

 父、松篁しょうこうも、「鳥に会いたい」としばしば訪れた。「また増えたんか。えらい甲斐性かいしょうがありますなあ」と喜び、当時放し飼いにしていたクジャクに目を細めて「スケッチをしてるとのぞきにくるんや」と声を弾ませた。

 暮らしをともにしていると、鳥の表情がやわらかくなる。淳之を親だと思いこむ鳥もいる。「対話をしているような気すらするなあ。唳禽荘に来るようになって、松篁の描く鳥がやさしい顔になったと、よく言われたものや」。体験として生態を知る。「せやからこそ、鳥に心情を託した花鳥画が描けるんやと思います」

 3羽生まれたというタンチョウのひなが歩き回る姿をいとおしむように見つめ、つぶやいた。「絵描きになっていなかったら、きっと鳥飼いになっていたなあ」(敬称略)
http://www.yomiuri.co.jp/local/kyoto/feature/CO029414/20170614-OYTAT50033.html

http://archive.is/IPP38
美を継ぐ 上村三代 <10>人生には限りがある【読売新聞2017年5月25日】
美を継ぐ 上村三代 <7>花鳥画への扉【読売新聞2017年5月21日】

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