2017年07月09日

私だけのタイムカプセル おたる水族館前館長・小田誠さん 海の生き物へ愛、40年 /北海道【毎日新聞2017年7月9日】(ペンギン/カモメ他)

夢のジンベイザメ、初展示
 トドの豪快なダイビングに、ペンギンの海まで遠足−−。生き生きとした海獣ショーで知られる「おたる水族館」(小樽市祝津3)。道内で初めてイルカショーを始めるなど、さまざまな展示を手掛けてきたのが前館長の小田誠さん(67)だ。大学の海洋学部を卒業し、飼育係として入社以来40年。「野生に限りなく近い姿で」を展示のモットーに、北のネズミイルカから南のジンベイザメまで、幅広く海の生き物たちへの愛情をそそいできた。【構成・阿部義正】

 <水族館は、当時戦前戦後通じて国内最大の博覧会といわれた1958年北海道大博覧会の「海の会場」として誕生。運営が第三セクターの小樽水族館公社に移され、現本館の新館が開業した74年に公社2期生として入社した>

 地元の映画館の支配人などを務めた父が動物好きで、よく連れて帰ってきて。犬、猫、鳥、それにリス。それらを育てるのが幼い頃の私の役目でした。動物に親しんでいたこともあり、大学は水産学科、就職は水族館に。父が望んでいたことでもありました。父は大学卒業前に亡くなりましたが、「水族館に入ったら魚を釣らせてくれ」と冗談を言っていました。

 入社当初は魚類担当。それとは別にウニの種苗生産の技術開発を任されました。エゾバフンウニの生産向上のため、まずは幼生期のウニの餌に最適なプランクトンを見つけ出すのが課題。大学時代にプランクトンの研究に取り組んでおり、思わぬところで役立つことになりました。

 種苗生産には餌となるプランクトンの増殖技術も確立しなければなりません。約10年を費やしましたが、わずか1%程度に過ぎなかった種苗生産率は80〜90%に飛躍的に伸ばすことができ、道内各地の漁協から指導を求められました。

 <飼育係として海獣ショーを部下とともに手がけ、83年にイルカのショーを道内で初めて公開。オタリア(アシカの仲間)のショーとともに、イルカスタジアムのオープンを飾った>

 81年にバンドウイルカを水槽で展示することになり、イルカ漁が盛んだった和歌山県太地町の漁協を訪れました。専門家からアドバイスを受け、100頭の中から若めの3頭を購入。1頭はオス、2頭はメスで、来館者にロシアからの人も多かったので、イワン、アンナ、モーレと、それぞれ名付けました。

 バンドウイルカは頭が良い。「いつかショーができれば」と思っていましたが、当時の社長の決断でスタジアムのオープンに合わせて披露することになりました。調教期間は当時閉館中だった5カ月だけで、部下2人とともに正月休み返上で取り組みました。

 この3頭はこれまで水槽で飼われてきた「半野生」。ある意味、人間に慣れっこになっていて、しつけるのは苦労しました。それでも調教の基本は「思いやり」です。信頼関係を築こうと、必死に呼びかけました。そのかいあって、こけら落としでは本州の水族館関係者から「ジャンプが高い」などと評価を得ることができました。手探りでしたが、逆に「こんなものだろう」と決めつけなかったのが良かったのかもしれません。

 しかし、シーズン終了後、イワンが体調を崩して死んでしまいました。解剖すると、中から20センチほどのドライバーが出てきました。スタジアム建設中に作業員が落としたものでした。当時見つけられず、「まさか」と3人で大泣きしました。何事もなかったかのようにシーズン終了まで務めを果たしてくれたイワンに感謝しました。

 <2006年に館長に就任。退社まで1年半前となって、ビッグプレゼントが舞い込んだ。長年の夢だったジンベイザメを飼育することになった>

 魚類の中で最も大きいジンベイザメ。南の海を回遊していて、国内では沖縄美(ちゅ)ら海水族館などで展示されていますが、北では捕獲例が少なく、展示もされていませんでした。ところが、12年9月、余市町の漁師さんから「サケの定置網に掛かった」と連絡が入りました。半信半疑で船で見に行くと、紛れもなくジンベイザメ。3メートル50センチほどありました。急いでトラックを手配して水族館に運び、ネズミイルカを展示していた直径11メートルの水槽を空にして放ちましたが。しかし、環境が変わったからでしょうか、サメが餌を食べてくれません。職員が水の中に入り、口元に浮かすなどしてもダメ。結局、体力のあるうちにと、10日目に海に帰しました。

 「一度でいいから、ジンベイザメを飼育してみたい」というのが長年の夢でした。飼育係だったら、誰もが願うことではないでしょうか。わずかな期間だったけれど、願いをかなえることができました。あのザラザラしたジンベイザメの肌は忘れられません。

 水族館では「自然の再現」をテーマに掲げて展示してきました。自然界では動物同士の食う、食われるの関係が存在し、生き物たちは皆、必死で生きています。海に潜れば、水槽の中のような安全地帯ではないことが分かるのですが、これまでの展示ではそれをあまり見せてこなかった。だから、イトウとワカサギを同じ水槽に入れるなど、生き生きした姿を見せるよう心掛けてきました。来館者にはその姿から生命の大切さを知り、幸せを感じてもらいたいですね。

おたる水族館の沿革
1958年 北海道大博覧会「海の会場」として誕生

  59年 小樽市立水族館としてオープン

  63年 トド初ダイビング

  65年 カモメの餌付け初公開

  74年 小樽水族館新館オープン<小田さん入社>

  78年 国内初のアザラシショーに成功

  83年 道内初のイルカショー

  85年 ラッコ公開

  92年 セイウチ館オープン

  98年 サメ・エイの「海のパノラマ水槽」<飼育部長>

2000年 ネズミイルカの「ふれあい水槽」

  02年 セイウチの「セイタ」誕生<副館長>

  06年 ネズミイルカとゴマフアザラシの同居展示「ほのぼのプール」<館長>

  07年 モモイロペリカン舎オープン

  08年 飼育日数の世界記録を更新していたネズミイルカ「次郎吉」(24歳)が死ぬ

  12年 ジンベイザメ、カピバラの期間展示

 <2014年退社>

 ■人物略歴

おだ・まこと
 1949年小樽市生まれ。東海大海洋学部水産学科卒。卒業研究のテーマは「プランクトンと気象の関係」。74年に小樽水族館公社に入社。飼育部長、副館長などを経て、2006年に館長に就任。4期8年務め、14年に退社。趣味はサボテン科など多肉植物の栽培。
https://mainichi.jp/articles/20170709/ddl/k01/040/029000c

http://archive.is/NugiA

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