2017年08月19日

石川)「幻の米」復活に挑むのは 田中友晴さん(43)【朝日新聞デジタル2017年8月19日】(ラムサール条約/片野鴨池/トモエガモ)

田中友晴さん

 「抜群の食味」と評され北陸や東北で戦後普及したが、栽培が難しく生産が途絶えた銘柄米「水稲農林21号」。その復活に加賀市の柴山潟近くで取り組む、かが有機農法研究会代表の田中友晴さん(43)の願いは、ラムサール条約登録の片野鴨池に野鳥が増え、豊かな自然と共生する魅力的なコメ産地にすることだ。

■かが有機農法研究会代表 田中友晴さん(43)

 ――もうすぐ2度目の収穫ですね

 会のメンバー9人のうち4人が昨季よりやや多い計1・4ヘクタールに作付けし、9月下旬に収穫予定です。穂が倒れやすいので植える苗の数を減らすなど工夫を凝らし、順調に育っています。化学肥料は一切使わず、無農薬、または減農薬で消費者の安全志向に応えたい。収量は昨季が10アール当たり約360キロ(6俵)で無農薬のコシヒカリより約60キロ少なくなりましたが、いいコメなのである程度は仕方ありません。

 ――消費者らの反応は

 「加賀のティール(英語でコガモの意味)」というブランドで無農薬と減農薬の栽培方法別に色違いのラベルをつけ、農協を通さず市場に出しています。関東のお米屋さんからは「味がしっかりしている」とうれしい評価です。無農薬コシヒカリより1キロ当たり50円高い値がつきました。全国唯一の銘柄ですから。新潟・魚沼の方からも「うまい」と言われ自信になりました。

 ――「幻の米」の復活をめざすきっかけは

 3年ほど前、加賀市から環境保全の取り組みとして「ふゆみずたんぼ」の協力を求められました。ラムサール条約登録湿地の片野鴨池で越冬する絶滅危惧種のトモエガモなどの野鳥は、夜間、柴山潟や周辺の田んぼに餌をとりにやってきます。田に水をためると外敵から身を守れ、落ち穂などを取りやすくなる。餌場が広がれば鴨池に飛来する野鳥が増やせるというのです。

 だから農薬などを控えた環境にやさしい「共生型」の農業が求められ、最初は1人だけでしたが、すぐに賛同する仲間が増えて研究会を結成しました。片野鴨池周辺でも別の生産者団体が同じような取り組みをしています。

 ――農家に負担がかかりませんか

 一般的に、冬場に田に水を入れ、鳥の餌場にするというのは農家に歓迎されません。鳥が田に穴を開けたり、あぜが崩れたり荒れてしまう心配があります。だからより付加価値の高いコメが生産できないと農家は食べていけません。ということで、農薬も化学肥料もほとんどなかった時代に生産されて普及し、高齢者らには、なじみのある「水稲農林21号」の復活をめざすことになりました。

 ――子どもたちも協力していますね

 地元の湖北小学校の教育用の田んぼで種もみになる稲を育てています。校内なので受粉の影響を受けにくいなど栽培に適している。田植えから脱穀まで体験学習の場になり、会のメンバーが指導役を務めています。

 ――夢は

 柴山潟に近い農家に30歳のときに養子で迎えられました。農業に専念するようになってまだ5年ですが、自分で作る農産物を味わうちにその魅力に引き込まれました。大変だからと親も薦めないような仕事にしたくない。柴山潟一帯が、多くの野鳥と共生する魅力的なコメ産地になるように、少しずつ前に進んでいきたいと思っています。(聞き手・福田純也)

     ◇

 〈水稲農林21号〉 1942年に旧北陸農業試験場で開発された。特有の甘みや粘りで評判が良く、49年には北陸や東北で作付面積が約6万ヘクタールまで広がったが、病害虫に弱く倒れやすい性質で次第にコシヒカリなどにとって代わられた。福島県ではかつてトップ銘柄だったが、東日本大震災後に生産が途絶えた。かが有機農法研究会の農家が加賀市の支援も受け、昨年から生産を始めた。

 たなか・ともはる 小松市生まれ。小松工業高卒業後、会社勤めを経て大工になった。加賀市柴山町の農家に育った妻仁美さんと知り合い、30歳で婿養子に入る。コメ10ヘクタール、トマトやスイカも栽培。妻、2歳の長男、両親と5人暮らし。
http://www.asahi.com/articles/ASK8H4SYXK8HPJLB00J.html

http://archive.is/ATjqn

posted by BNJ at 11:50 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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