2017年09月05日

【東京特派員】「神の鳥」への償い 湯浅博【産経ニュース2017年9月5日】

 夏山の季節になると、新聞の1面は、雄大な北アルプスの峰々を巧みなアングルから撮影して、読者を楽しませてくれる。9月に入ると、穂高連峰の涸沢カールはナナカマドが赤く色づいて、一足早く秋が忍び寄ってくる。

 そんな風景に思いをはせながら、個体数が減っている雷鳥たちの行く末を案じた。南北アルプスのあちこちで見られた雷鳥が、いつの間にか「絶滅危惧種」になっていた。

 ハイマツの陰から顔を出す愛らしい幼鳥も、いずれは見られなくなってしまうのだろうか。

 高山地帯で目にするニホンライチョウは、国の特別天然記念物である。5年前に絶滅の危険性が高いレッドリストの「IB」類に引き上げられた。1980年代に3千羽だった生息数が、環境の悪化などによりいまや2千羽以下に減ってしまった。

 かつて、厳冬期の常念岳で見た雷鳥は、山岳信仰にいう「神の鳥」のようだった。雪に溶け込む真っ白な保護色に、神々しい美しさがあった。しかし、夏のそれはハイマツの枝と同じ焦げた茶系の凡庸な姿になる。羽が退化した小型のチャボのようで、さして珍しいとも思わなかった。

 でも、常に居るはずのものが、ある日、姿を消すことになると思うと、とたんにいとおしくなるから勝手なものである。

 初めて雷鳥を見たのは、高校山岳部1年目の夏合宿だった。薬師岳から入って黒部五郎岳、三俣蓮華岳、さらに双六岳を経て槍ケ岳に至るルート上で何度か目撃している。短い足を懸命に動かす様は、どこか、ペンギン・ウオークに似て愛くるしい。

 夏合宿は1週間にわたる縦走なので、45キロほどあるザックのベルトが肩に食い込む。ひたすら苦痛に耐えて登るから、とても彼らを観察する余裕などはない。ザックを下ろす休憩時に、人を恐れずに近づく雷鳥に癒やされた。

 その習性が、彼らの命取りになる。飛来する猛禽(もうきん)類は以前からの天敵だったし、温暖化で高山地帯に進出してきたシカやキツネに捕食され、ニホンザルまでが幼鳥を狙うことが近年、確認されている。

 しかも、山小屋から排出されるゴミに混じる病原菌が彼らを侵し、逃げ込むはずのハイマツが登山者に踏み荒らされる。ハイマツは彼らの生命線だから、まさに生存権が脅かされているのだ。

 そんな窮状を見かねた環境省が、一昨年から乗鞍岳で22個の卵を採集し、東京の上野動物園、長野の大町山岳博物館、さらに富山市ファミリーパークの3施設で孵化(ふか)を試みた。3園で22羽が孵化したが、半数近くが死んだ。命をつないだ幼鳥は、3園のほかに栃木の那須どうぶつ王国でも飼育されている。

 北アルプス山行では、雷鳥と並んで岩ツバメにもよく驚かされた。出会いは大学時代に登攀(とうはん)した滝谷であった。涸沢カールから見ると、北穂高岳の反対側に回り込んだ先の岩壁が岩登りの「聖地」だった。

 垂直に近い岩壁にわずかなホールドをつかんで慎重に体をずらすと、突然、ザイル仲間が「ラクッ(落)!」と叫んだ。落石に特有の「ヒュー」という音に体を緊張させる。落下してくる黒い石もどきが、頭上でUターンすると急上昇していく。下でザイルを操っていた先輩が「岩ツバメのやろう」と苦々しげに毒づいていた。

 あれは、巣や縄張りに近づいてきた闖入(ちんにゅう)者を威嚇していたのだろう。雷鳥も岩ツバメも、過酷な自然界で「種の保存」のために闘っている。人間による雷鳥の人工繁殖はせめてもの償いなのだ。(ゆあさ ひろし)
http://www.sankei.com/column/news/170905/clm1709050007-n1.html
http://www.sankei.com/column/news/170905/clm1709050007-n2.html
http://www.sankei.com/column/news/170905/clm1709050007-n3.html

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posted by BNJ at 11:07 | Comment(0) | 鳥類コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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