2018年07月03日

(美の履歴書:557)「白花と赤翡翠」 田中一村 奄美に心奪われた理由は【朝日新聞デジタル2018年7月3日】

「白花と赤翡翠」 田中一村=岡田美術館蔵 (C)Hiroshi Niiyama

 ■「白花(しろばな)と赤翡翠(あかしょうびん)」 田中一村(いっそん)

 釣り鐘のように下を向く花も、赤いくちばしの幻想的な鳥も、すべて南国に実在する花鳥である。

 花はナス科のダチュラ、鳥はカワセミ科のアカショウビンという。ダチュラは闇の中で強い香りを放ちながら揺らめくことから、生息地では「ユログイン前の続きウレイバナ」とも呼ばれるそうだ。画面右の茶色い筋は、空中に伸びる性質のあるガジュマルの気根。こちらも「絞め殺しの木」というありがたくない別名を持つ。

 画壇で認められず、50歳にして鹿児島の奄美大島に単身移住した田中一村は、嫌われものの植物に心を奪われ、何枚ものスケッチから作品に仕上げた。画家の手にかかると、それらのネガティブなイメージは転換され、清澄で独特な存在感を持つ姿になった。

 岡田美術館の小林優子主任学芸員は「写生に基づきながらも、自然の姿を一部変え、理想化した美しい花鳥として描いた」と話す。花は実物より密で上に行くに従って美しく開き、しなやかな線で描かれたガジュマルの気根は楚々(そそ)とした印象を与える。アカショウビンは、そもそも人前に頻繁に現れない鳥で、ダチュラとの組み合わせはほとんどお目にかかれないようだ。

 本作は、一村が生活のため5年勤めた大島紬(つむぎ)の工場を辞めてすぐに制作したもの。そこはかとない幸福感も漂うのは、「本道と信ずる絵」に専念できる喜びからか。 (木村尚貴)

 ▽「田中一村の絵画―奄美を愛した孤高の画家―」は9月24日まで、神奈川県箱根町の岡田美術館(0460・87・3931)。会期中無休。

     *

・名前 白花と赤翡翠

・生年 1967年

・体格 縦156センチ×横60センチ

・素材 絹本著色

・生みの親 田中一村=本名・孝(たかし)(1908〜77)

・親の経歴 栃木県で彫刻師の長男として生まれる。中国の花卉(かき)画などを学び、現在の東京芸大に入学するも約2カ月で退学。39歳で青龍展に入選するが、以降の公募展は落選し続ける。無名のまま没したが、84年にNHK番組「日曜美術館」で紹介され、広く知られるようになった。

・日本にいる兄弟姉妹 奄美大島の田中一村記念美術館などに。

     *

 [1]花や葉の輪郭線は伝統的な日本画のように表現しているが、葉脈は描き込まずに平面的に色を塗る。花の白さが際だつ。

 [2]止まり木は、花に見守られるような位置へ横に伸びる。「火の鳥」の異名があるアカショウビンの体は色の濃淡で立体的な姿に。

 [3]ダチュラの背後にも黒々としたガジュマル。画面の深い奥行きを感じさせる。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13568755.html

http://archive.is/QnKQA

posted by BNJ at 23:00 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: