2018年07月29日

【かながわ美の手帖】岡田美術館「田中一村の絵画−奄美を愛した孤高の画家−」展【産経ニュース2018年7月29日】

■強い自尊心と才能 切り開いた新境地

 奄美大島の自然を描くことに人生をささげた明治生まれの日本画家、田中一村の特別展「田中一村の絵画−奄美を愛した孤高の画家−」が箱根町の岡田美術館で開かれている。近年同館が収蔵した希少な2作品を初公開するほか、伊藤若冲や東山魁夷ら、一村にまつわる人物の作品など計約60点を展示している。苦難の末、日本画の新境地を切り開いた一村。制作に傾けた並々ならぬ情熱に触れることができる。

 ◆南国の風景表現

 肉付きのよい魚3匹が横向きに並び、画面からはみ出しそうなほどダイナミックに描かれている。一村の代表作「熱帯魚三種」だ。

 手前からスジブダイ、シマタレクチベラ、アオブダイの3種。いずれも食用で、現地では鮮魚店でも売られる魚だという。一村は南国の魚特有の美しい柄を細部まで丁寧に写し取っている。

 夜に開花して芳香を放つヤコウボク(夜香木)を添えて、絵を飾っている。魚たちの頭部にはやわらかな光が差し込み、幻想的な雰囲気を演出している。

 南国の風景という、それまでの日本画には見られなかったテーマに挑戦した一村。構図を計算し尽くして、写実性も追求するなど、画家の執念が感じられる作品だ。

 もう一つの代表作「白花と赤翡翠(あかしょうびん)」も同様。縦約1・5メートル、横約0・6メートルの大作で、描かれている花や鳥はほぼ原寸大だという。

 植物を絵の中央から上部に向かって重ねて描くことで奥行きをつけている。見る者はまるで花の下にいるような感覚にさせられる。

 花はダチュラ(キダチチョウセンアサガオ)で、鳥はカワセミ科の渡り鳥、アカショウビン。赤く鮮やかな鳥の体色がワンポイントとなり、絵を引き締めている。背後に垂れ下がるガジュマルの根が、絵に余韻を与えている。

 豊かな才能を持ちながら、画壇と距離を置き、故郷から遠く離れた奄美の地で無名のまま生涯を終えたことで、一村は「孤高の画家」という“異名”をもつ。一村は当初、東京美術学校(現・東京芸大)に東山魁夷と同期入学するなど、その後の画壇を牽引(けんいん)した巨匠らと同じスタートラインに立っていた。ただ、わずか2カ月で退学を選ぶなど、その頃にはすでに「異端」への一歩が踏み出されていたといえる。

 ◆起伏に富んだ人生

 起伏に富んだ人生には、その背景に自尊心の高さや気性の激しさがありそうだ。同館館長の小林忠は、退学理由についての見解を「すでに技量も高まっていた彼は、教官の指導を素直に受け入れられなかったのではないだろうか」と著述。画壇から不遇にされた30〜40代についても、「絵に対する信念が異なると反発し、才を認めてくれた川端龍子とも離れてしまった」と解説している。

 傷心を癒やすために訪れた九州などへの旅行で南国に魅せられ、それが奄美移住のきっかけとなった。

 同館学芸課長の小林優子は「波乱の多い側面がクローズアップされがちだが、自らが納得するまで絵画に向き合えたという点では、幸せな画家だった。高い境地を目指したからこそ一村の絵は力強く、人の心を打つ」と話している。=敬称略(外崎晃彦)

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 特別展「田中一村の絵画−奄美を愛した孤高の画家−」は岡田美術館(箱根町小涌谷493の1)で9月24日まで。8月24日からは一村の代表作「アダンの海辺」も追加展示する。開館は午前9時から午後5時(入館は午後4時半まで)。会期中無休。入館料は一般・大学生2800円ほか。問い合わせは同館((電)0460・87・3931)。

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【プロフィル】たなか・いっそん

 明治41(1908)年、栃木県栃木町(現・栃木市)生まれ。大正15年、東京美術学校(現・東京芸大)に入学するも約2カ月で退学。日本画壇と折り合わず、昭和33年、50歳で奄美大島に単身移住。生活は質素を極め、生活費や画材代を得るため、数年働き数年画業に専念するという日々を送った。52年、夕食の準備中に心不全で倒れ、69歳で死去。1作品の制作に数カ月を費やし、気に入らない作品は破棄したと考えられ、奄美時代の作品は約30点と少ない。
https://www.sankei.com/region/news/180729/rgn1807290026-n1.html

http://archive.is/31EYc

posted by BNJ at 11:13 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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