2018年10月12日

トキと暮らす島 佐渡・放鳥10年【新潟日報モア2018年10月12日】

 佐渡市でトキの放鳥が2008年9月に始まってから10年となり、島の暮らしに溶け込んできた。放鳥されたトキは計308羽を数える。自然界でふ化に成功した12年以降は、野生下でも繁殖が進み、生息数は約350羽に達した。

 餌となる生物を育む稲作など島民の支えが後押しし、試行錯誤が続いた野生復帰の取り組みは「軌道に乗った」と評されるまでになった。一方、トキが「普通の鳥」に戻るにつれ、保護と観光・農業振興の両立など新たな課題ものぞいている。10月14、15日に記念式典と放鳥式が行われる。トキと暮らす島の今を追った。

【写真】トキの初放鳥。秋篠宮ご夫妻も出席し、木箱から飛び立たせるハードリリース方式で行われ、トキが約27年ぶりに佐渡の空を舞った。大勢の観客が見守る中、10羽が放たれた=2008年9月25日、佐渡市新穂正明寺

目次
<1> 活用 観察場所公表、観光支援に
<2> 定着 豊かな生物、水田が餌場に
<3> 繁殖 「数」から「質」へ転換



<1> 活用 観察場所公表、観光支援に
 トキ放鳥から10年となった9月下旬の佐渡・新穂地区。国中平野の水田地帯を横切る市道のすぐ脇で、十数羽のトキの群れがしきりに土をつついていた。稲刈り直後の田んぼは絶好の餌場。人里が近く、車や農作業の人が多く行き交うが、気に留める様子はない。

 「こんなに増えるとは思わなかった。今じゃ数えるのが大変」。初放鳥からボランティアでモニタリングを続ける土屋正起さん(68)はスコープを手に10年の歳月を実感する。

 今では「トキロード」と呼ばれ、観光バスの定番コースにもなった。道沿いには「朱鷺の道ゆっくり走ろう」と書かれた看板。周囲では出くわしたトキを刺激しないよう迂回(うかい)する車も見られる。

あぜ道で休息する野生のトキ。多くが人里近くに生息している=2018年8月、佐渡市新穂地区


1000羽視野

 環境省による放鳥は2008年9月に始まり、年2回に増えた11年以降は毎年30羽以上を放してきた。野生下の繁殖は初期こそ苦戦し、抱卵中止なども続いた。それでも、12年に初めて8羽が巣立って以降、野生下生まれの生息数は年々増え、18年には放鳥トキを逆転した=グラフ参照=。

 人に育てられた放鳥トキより、親鳥の行動を身近で体験した野生下生まれの方が繁殖成績や生存率が高い傾向があり、野生下生まれが増えるにつれて全体の増加ペースも上がる好循環が指摘されている。

 当初19%と低かった繁殖成功率は平均で30%近くに改善。新潟大朱鷺・自然再生学研究センターの永田尚志教授(58)の試算では、現在の生存率と繁殖成功率を維持できれば、放鳥をやめても早ければ今後10年ほどで、島内のトキは1000羽まで増えるという。






地域に還元

 野生復帰が順調に進み、共生の在り方も転換期を迎えている。その一つが観察スポットの公表だ。

 環境省は放鳥当初から保護優先のためねぐらや餌場などの詳細は公表せず、市民らの情報発信も自粛を要請。観察時は「車から降りない」といったルールの徹底を呼び掛けてきた。

 だが、環境省は19年夏のオープンを目指し、新穂地区で整備する野生トキの観察施設「トキのテラス(仮称)」など、近年は観光や経済振興への「活用」を掲げ始めた。今月からは佐渡市と協力し、トキを頻繁に見られる場所にバス停を模した看板を設け、「トキのみかた停留所」としてPRを始める。

 背景にあるのは、人口減に伴う水田維持の難しさや観光低迷など島全体で続く縮小だ。屋内観察ができる「トキの森公園」の入場者は、13年度の約21万人から17年度は13万4千人に減少。長岡市の「トキみ〜て」など島外施設のトキ公開が減少傾向に拍車を掛けるという懸念もある。

 案内役を務める「トキガイド」の連絡協議会事務局、三浦正道さん(66)は「これだけトキがいるのにジレンマがあった。活性化につながるし、トキを育む自然の豊かさも説明しやすくなる」と歓迎する。

 環境省佐渡自然保護官事務所の若松徹・首席自然保護官(40)は「人口減が続けば水田などトキの生息環境も保てない。過保護と受け取られかねない部分があったが、地域への還元を考えていかなければいけない」と強調する。

「トキひかり」を収穫する曽我至さん。平場の水田がトキの主な餌場になっている=2018年9月、佐渡市真野地区


<2> 定着 豊かな生物、水田が餌場に
 黄金色の稲穂を刈り取るコンバイン。その脇からは、虫たちが驚いたように飛び出す。9月中旬の佐渡市真野地区。収穫に精を出す「佐渡トキの田んぼを守る会」会長の曽我至さん(59)は「ウナギみたいに大きなドジョウを見たこともある」と笑顔を見せる。

 栽培するのは、トキの餌となる生き物を増やすために農薬、化学肥料を一切使わないコシヒカリ「トキひかり」。雑草は細かな水の管理や発酵したおからの散布などで抑える。通常に比べ「収量は半分で値段は2倍弱」と苦労は多いが、毎年舞い降りるトキを見ると「少しは役に立っているのかなってうれしくなる」。

 2001年に旧新穂村などで取り組み始め、現在の作付面積は10ヘクタール程度だ。

 これを下地に08年、市認証米「朱鷺(とき)と暮らす郷(さと)」の生産がスタートした。冬も水場を残すことなどを条件に農薬、化肥の使用は慣行の5割以下とした普及版。作付面積は08年度の426ヘクタールから12年度は1367ヘクタールに増え、若干減った現在も主食用米全体の約4分の1を占める。

 トキにとって稲が伸びて田に入れない夏は除草剤を使わないあぜ、冬は雪に埋もれにくい水場が貴重な餌場となっている。






想定とずれ

 生き物を育む農法の普及は野生絶滅前、山間部を中心に生息したトキの暮らしを変えた。現在の生息地は認証米の作付けが多い国中平野が中心=地図参照=。餌場が近く天敵が少ない人里の屋敷林などにねぐらや巣を構える傾向もある。環境省佐渡自然保護官事務所の若松徹首席自然保護官(40)は「かつては人間に追われ山奥に逃げ込んだとも考えられる」と説明する。

 元々、環境省が生息地として想定したのは小佐渡山地東部だった。新潟大や市民団体などはこのエリアを中心にビオトープ整備を進めたが、あまり利用されていない。広大な平場に"快適"な生活基盤を得て繁殖が進む中、水田にかかる負担は大きくなっている。



農家の負担

 懸念されるのは田植え直後の「苗踏み」による市民感情の悪化。金井地区の木林吉春さん(71)の田でも近年、10羽以上が群れで餌を探す。撮りためたトキの写真を自宅に飾るほど愛着はあるが、「増えすぎて植え直しが大変」と心境は複雑だ。市に寄せられる報告は年10件弱とはいえ、潜在的な被害が指摘されている。

 市などは13年から、踏まれた田のコメを「朱鷺踏んじゃった米(まい)」として販売したものの、条件を満たす農家が少なく3年で終了した。収量の実害の把握や補償制度の検討につなげようと新潟大は本年度、検証実験を本格化した。

 高齢化などで主食用米作付面積は放鳥開始後の9年間で約15%減っており、水田以外の周辺の生息環境も求められている。県は今月、新穂地区の天王川流域で湿地などの復元に向けたコンクリート護岸の改修に着手。里山周辺を再生し、トキの誘導を試みる市民の動きもある。

 佐渡のトキ保護の第一人者、故佐藤春雄さんの長男辰夫さん(66)は9月、両津地区の大佐渡山脈の麓でビオトープ整備を始めた。教員の仕事や農作業に追われ、関わってこなかったトキ。でも今は「人の手で増やしたからには、すみよい環境を整えるのも責務。それが人間のためにもなる」と強く感じている。

トキの飼育ケージで学生に説明する金子良則さん(左)。ノウハウの継承に力を入れている=2018年9月、佐渡トキ保護センター


<3> 繁殖 「数」から「質」へ転換
遺伝的多様性改善課題に

 「こいこいこーい」。9月上旬、佐渡トキ保護センター(佐渡市)に獣医師金子良則さん(60)の声が響いた。周りのトキを落ち着かせるための合図だ。

 空の飼育ケージに手招きしたのは、初めてインターンシップで受け入れた獣医師志望の学生。けがが相次ぎ天井にネットを張ったこと、ストレスを与えないよう手入れは1時間で切り上げること−。「将来トキに関わる仕事がしたい」と目を輝かせる青年に、工夫や経験を惜しみなく伝えた。

 1991年にセンターに赴任し、99年に国内初の人工繁殖に成功したベテランは放鳥するトキの飼育にも尽力。自然界での生存・繁殖力を高めるため、飼育下でも親鳥に餌やりなどをさせる「自然ふ化・育雛(いくすう)」へ切り替えが進む中、破卵などを予防するノウハウを培ってきた。

 今春、定年を迎え再任用となった。「少しでも蓄積を伝えないといけない。それが死んでいったトキへの罪滅ぼしになる」と思いを強める。3月に約9年ぶりに改定された、全国の飼育施設で用いる「トキ飼育ハンドブック」に、その知見の多くを盛り込んだ。






収容力が鍵

 「全国の空に再び」。金子さんらトキ保護の関係者の夢は道半ばだ。本州への飛来は散発で繁殖には至っていない。環境整備や予算の問題から島外放鳥のめども立っていない。より現実的とみられているのは佐渡のトキが限界まで増え、あふれ出るシナリオだ。

 放鳥当初からトキの生態を研究する新潟大朱鷺・自然再生学研究センターの永田尚志教授(58)は「環境収容力」と繁殖ペースの維持が鍵を握ると指摘。「個体群を安定して維持できる500羽以上の生息を目指すとともに、生息地を確保していかないといけない」と強調する。

 環境面では水田や里山の荒廃が進めば、餌場や営巣地を巡る争いが激しくなる。人口や予算が減少する中で、持続的な取り組みが求められている。



種の持続性

 繁殖の「質」も長期的に改善が必要な状況だ。雌雄のバランスは、飼育下で雄が多く生まれる傾向や生存率の差から、野生下でも雌が10%近く少ない。ペアになれない雄が繁殖を妨害する懸念も出てきている。

 また、病気や環境変化への適応に関わる遺伝的多様性も依然、課題となっている。国内のトキは全て99〜2007年に中国から提供された5羽の子孫=図参照=。飼育下でも人間で言う3親等内の交配を余儀なくされ、野生下では一定数のきょうだいペアが継続的に確認されている。

 永田教授は「有害な遺伝子が潜んでいる場合、近親交配が進むと10〜20世代でふ化や生存の確率が下がる」と危惧する。野生トキの増加に伴い、識別用の足輪を着けられないひなも増え、影響を含め追跡しきれていないのが実情だ。

 12年の沖縄県・尖閣諸島を巡る関係悪化で途絶えていた、中国からのトキ提供は今月、11年ぶりに実現する。それでもなお、国内の遺伝的多様性は中国トキの3分の2にとどまり、今後も提供を受けていく必要があるという。

 自然界で持続的に繁殖できるトキが増えたことなどから、「野生絶滅」となっている環境省レッドリストのランクは年明けに引き下げの条件を満たす見込みだ。「数から質へ」(永田教授)。野生復帰の試みは新たなテーマに挑む。

http://www.niigata-nippo.co.jp/select/topic/084855.html
http://www.niigata-nippo.co.jp/select/newsfile/toki10th-2.html
http://www.niigata-nippo.co.jp/select/newsfile/toki10th-3.html

http://archive.is/5qPZN
http://archive.is/VJ9Pc
http://archive.is/9Bt2z

中国のトキ2羽、17日に佐渡へ 提供は11年ぶり、遺伝的多様性の向上に期待【新潟日報モア2018年10月5日】
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タグ:佐渡島 トキ
posted by BNJ at 21:49 | Comment(0) | 野鳥ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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